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散文詩集

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29.8

雨が空から堕ちて来る 雨が、雨が、堕ちて来る もう三日も着っぱなしの上着を濡らして その下の薄汚れた肌を凍らせる 所詮ヒトがヒトにできることなどたかが知れていて 片手で収まる程度のもんで 下手すりゃひとつもありゃしない それはわかっていたけれど 思い知ってはいたけれど それでも 諦められなかった 諦めたくなんかなかった ねぇ教えて あなたは 飛んだ先に何を見た? 何が見えた? 何が見たかった? いくら訊ねても いくら声を張り上げても あなたからは二度と 応えなど帰ってはこな

歩 痕

ごめん すぐ隣で あまりの荷物の重さに あんたが倒れ込んでいるのを なんとも思ってない わけじゃないけど あたしにも 荷物はあってさ 背負わなきゃなんない荷物が だから あんたの荷物 肩代わりは、できないんだ 自分の荷物の重さも構わずに 手を伸ばすことのできた日もあった それで共倒れることがわかってても そうせずにはいられなかった頃が でももう今 あたしにそれは できない 共倒れて その先は どうする? ふたりとも背負いきれない荷物引きずって 何処まで歩いてゆけ

見えない標

何をしても満たされることはなく この体にあいた穴は穴のまま 耳を掠め 飛んでゆく風の後に 残るのは何 沈む地平線 名を明かさなくていい 君が君であることを 僕は探し出すから 声を上げなくたっていい 君の居場所を僕は 必ず見つけ出す どんなことをしてでも 抱え込んだ鉛は重くどこまでも 腹の中沈んで溜まってゆくばかり 杭を越えて 溢れ出した流れは誰も 止められない 放たれる声 名を明かさなくていい そんなものあろうとなかろうと 僕は君を探し出すから 声を上げなくたってい

未知図

何処へゆけばいいのか分からなくて 何処へいきたいのかも分からなくて 膝を抱えてたよ 顔をうずめて 何も見たくなかった これ以上何も なのに知りたいと願った この胸の中で荒れ狂う すべてを 壊れかけた椅子は私を乗せて 軋んだ音を立てる 私が立つのが先? 椅子が壊れるのが先? どっち? 四方を囲む 朽ちた壁板の隙間から僅かに 漏れてくる光は 闇を照らすため? それとも 闇を教えるため? 答えは何処にもなくて やっぱり 何処へゆくのかも 何処へいきたいかも 何も分

躊躇足

いいだろ、もう、 あきらめちまえば きれいさっぱり どうってことない、たった一歩 踏み出すだけ 疲れた とか 堪えられない とか 空っぽだとか 無気力だとか それが何なの? どうだっていい どうだっていいのさ、 言いたい奴には言いたいように言わせておけば でも ヒトがどう思うかって? 何とも思いやしないよ そんなにみんなヒマじゃない 自分のことでたいてい手一杯さ んなことより 僕が僕をそうやって 雁字搦めにしてるってだけだろ 体裁繕って 過去にとっつかまって もう ど

嘘の糸

君が嘘をついた 君の口の端が小さく歪んでる 分かりきった嘘でも 見透かせる嘘でも つけばそれは どうやっても 嘘以外の何者でもなく 君が嘘をついた 少し前を歩く君が 振り向けば 帽子の影から覗く 口の端 おざなりな口紅で 色づいた唇 つけば 嘘 ばれても 嘘 なら 突き通せよ 最期まで 何処までも何処までも何処までも 突き通せよ その嘘 途中でひけらかすなんて卑怯な真似 御免蒙る そうだ、 僕がこれまでついてきた嘘 教えてあげようか 君の目の前で 指折り数えてみせようか

いつか咲く花へ

波がよせてまた返すように 返してはまた寄せるように 去りゆく人と 巡り合う人と そうして織り成されるこの世に 永久に続くものなど何処にもなく ひとつが終り ひとつが始まり そうして繰り返される 今日も明日も 私たちがここからいなくなったら その後この場所に 何が残るだろう 私たちがこの場所に背を向け それぞれの道を歩き始めた時 この場所は どんなふうに朽ちてゆくだろう 朽ち果てゆく中でそれでも ひとつくらい花は 咲くだろうか できるなら そんな日が来るなどと一片も思い煩

石ころの呟き

石蹴りはもう飽きたの 次は影踏み鬼 そうして散り散りになる 子供のはしゃぎ声もやがて遠のき、 小石はそのまんま 置いてゆかれて 斜めに射す冬の日差しが 小さい影を描く 冷え切った路上に まるでこの 石ころみたいだよ アスファルトの上 いつまでもどこまでも蹲って 気付いたら凍えてる 指先も 唇も 髪の先までも こんなに …何 言ってんの、ばかみたい そんなこと言うくらいなら さっさと自分で転がればいいじゃない 体を温めたいなら 自分で転がってみればいいじゃない あたた

手紙を 君へ

別に理由なんかない 不意に思ったんだ 真っ直ぐに ただ真っ直ぐに 手紙を書こう 君に 手紙を そう思った   元気ですか   ギター弾いてますか   今も唄ってますか そんな、 ありきたりすぎる言葉の前で立ち止まる 君と話したくて 君に手紙を書きたくて 立ち止まる 筆を持つ手が震えて うまく先へ進めないよ 一行書いては千切り、 千切ってはまた同じ一行を書き出し、 気づけば床は便箋の海 いつのまにか 窓辺に置きっぱなしにしたサボテンの 影が長く手元まで伸び 夕闇が忍び込む、開け

この星の上 ~ 縁

おのずと明ける夜はなく 夜を明かすのはこの 僕らだ おのずと繋がる縁などなく がらくたの中から拾い上げた一本の糸を 繋げたのはこの 僕と君だ 空の中で雲は砕け 海の中で波が砕ける 裂傷を描くかのように伸びる水平線は 君と僕を結ぶ 一本の 糸 今、繰り返すよ 僕が君に 君が僕に 投げつけてきた言葉たちを 掻き集めては投げ、 投げてはまた掻き集めて、 何度でも何度でも 繰り返すよ 僕と君との間に 幾重にも重なる時間の層は 幾重にも重なる言葉たちの屍 幾重にも重

識 閾

時計の音ばかりがひとり 響き渡る 地下道は一面 天井の 人口灯で照らし出され 足音を落としていったはずの 君の姿は見当たらず ただ晧晧と 無機質の壁 壁 壁 続く地下道   知らなくてもいいことがあったよ   幾つも幾つも   手を伸ばしてもいないのに   落ちてきた果実が   私の足元でやがて朽ち始め   還る土もないこの場所で   腐臭を放つ 窓も出口も消えた地下道ではいくら 時計が時を刻もうと 掴んだ砂のよう瞬く間に この掌から零れ落ちる この手から 零れ落ちる

地下鉄の花束

夜明けの地下鉄 花束を買う 自動販売機 幽かな音をさせて落ちてきた花束は 葉脈の先端までも冷え切って 冷気は握る私の掌から 背中へと抜けてゆく 覚めきらぬ晩の酔いを残し 走り出す車両に 朝日は射さず 何処までも何処までもトンネルの中 走り続ける あなた わたし 何処までも何処までも トンネルの 中 何処までも あなた わたし 花束 あなた わたし 花束 何処までも何処までも 熱を孕んで ああ 花束がとろけてしまう前に 地上に出よう 次の駅は 次の駅は 花束がと

69行の憂鬱

どうして抱いたの なんて、そんな問いは 無意味だ。だから君、もう僕にこれ以上 繰り返すのはやめてくれ。僕がここにい た君がそこにいた、僕と君その時それぞ れにここにいた、それより他に何がある というのか。夜は僕と君との境界線を曖 昧にする。夜という闇が境界線を曖昧に する。曖昧になった僕と君の境界線を、 僕が君の方へ、君が僕の方へ、それぞれ に一歩二歩踏み込んでみただけの話だ。 それを君はまるで僕が一方的に踏み込ん だかのような言い方をする。君がそうやっ て僕に自分の分までな

僕らの破片

あの朝 割れた鏡の破片を 君はもう捨てたかい? 僕の手が 君の手が 握っていた鏡は あの時の僕を あの時の君を あの頃の僕を あの頃の君を 映し込んではそのたび 時に光を 時に翳りを放った 僕らの鏡は 君の鏡の中に君はいて 僕の鏡の中に僕はいて 同時に 君の鏡の中に僕が 僕の鏡の中に君が いた そうして幾重にも僕らを焼き付けて 時に光を 時に翳りを放ちながら 鏡は僕らの手の中にあった 時にやさしげに 時に冷ややかに 時に饒舌に 時に沈黙でもって その時々の僕らを映し