にのみやさをり

写真家。言の葉紡ぎ屋。 和して同ぜず。来るモノ時に拒み去るモノは拒まず。日々を淡々と過ごせますように。 愛読書:クリシュナムルティ、メイ・サートンの日記、長田弘、梨木香歩、小川洋子、上橋菜穂子、高村薫、桐野夏生、町田そのこ、山本周五郎ほか。

にのみやさをり

写真家。言の葉紡ぎ屋。 和して同ぜず。来るモノ時に拒み去るモノは拒まず。日々を淡々と過ごせますように。 愛読書:クリシュナムルティ、メイ・サートンの日記、長田弘、梨木香歩、小川洋子、上橋菜穂子、高村薫、桐野夏生、町田そのこ、山本周五郎ほか。

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飛行石

娘は三歳になるまでほとんどといっていいほど喋ることがなかった。発するのは、あぁとかいぃとか、まぁまとか、その程度の言葉。この子はもしかして喋れないんじゃないかと心配になるほどだった。 でもそんな、言葉を発しない娘は、代わりに全身で、何かを発していた。声など言葉などなくとも、彼女には訴えたいことがあり、私をひたと見つめる目はだから、いつも見開かれていた。そんなに目を開いていたら目が落ちるよ、と、そう思ってしまうほどに。 言葉を喋るようになったのは、突然だった。或る日突然、べらべ

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    • 見上げた先は

      ねぇママ、どうして空は空なの? そうだね、誰が空に、空って名前をつけたんだろう? あそこの雲、ペンギンみたいだね。 あぁ、ほんとだぁ。あ、あそこ見てご覧? どこ? ほら、あの樹の枝の先。 あ、ヒヨドリ。ばばの家の近くにもたくさんいるよ。 うんうん、たくさんいるね。あ、あの樹は銀杏っていうんだよ。 ママ、臭いよ。 あぁ、それはね、ぎんなんっていうこの小さな実の、潰れた匂いだよ。 臭い臭いっ。 ははは。でも、焼くとおいしいんだよ。 ふぅぅん。ママ、帰ろう。 ん? おやつ食べたい。

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      • 小さな生命がそこに在った

        冬を目の前にした晩秋の或る日、私たちはだだっぴろい野っ原に立った。木漏れ日が眩しいくらい降り注ぐ中、あちらをふらり、こちらをふらり。黒い服を着た彼女はとても小柄で細く、足もとても小さかった。 でも彼女の足は、彼女のそのかわいい風貌からは想像がつかないくらい力強く逞しい表情をしており。裸足がとても似合う足だった。 歩くほどに足は汚れ。それでも私たちは歩みを止めなかった。気づけば野っ原を二周りほどは歩いただろうか。 ふと、彼女の立った、その場所を見ると、小さな小さな樹の芽があ

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        • 覚えているよ

          K町には細かい道がたくさんある。細い細い、くねった裏道が。だからちょっとした散歩にはもってこいだ。 道を歩いていると、様々な音、様々な匂いが漂ってくる。生活がそこに、在ることを、私に知らせる。 それは長屋の、古い古い長屋が二軒並ぶ角っこで。浅黒い顔をした、中年の男が煙草を吸っていた。その煙はゆらゆらと、空にのぼり。 私は何となく、それを見つめていた。まだ朝の早い、時刻。 もう寂れた酒飲場。近所の人しか来そうにない中華屋。誰もいないコインランドリー。忘れられたようにひらひら風

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          小さな手

          私は人の手が好きだ。赤子の手も好きだし、すっかり皺だらけになった、年老いた手も好きだ。手の醸し出す表情は、私の心を捉えて離さない。 その手はとても小さくて。世界を掴むにはまだまだ小さ過ぎて。だから私はその手を引いて歩くのが、自分の役目だと思っていた。 それがいつの間にか、私の手から離れ、ちょこちょこと自らの足で歩くようになり。気づけばその手はもう、ぐんぐんと大きくなっており。 あぁ、もう、この手は私を離れてゆくのだ。そう、初めに感じたのはいつのことだったろう。はっきりは覚

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          砂の痕

          砂場のある公園は、本当に数が少なくなった。あっても、時間になると網などを被せられ、もう遊ぶことはできなくなる。 そもそも、土のある場所が少なくなった。いや、このあたりではもう殆どなくなった。だから霜柱もぬかるみも水たまりも、殆ど見えない。あるのはアスファルトの、のっぺりした顔。 或る日、娘と一緒に、公園を探しに行こうということになった。引っ越した部屋から一番近い公園は何処にあるだろう。そうして私たちは、リュックにおにぎりを詰め込んで、歩きだした。 そうして見つけたのが、棚

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          この町最初の散歩

          それは離婚して半年、ようやく引っ越し先が決まり、この場所へ引っ越してきて間もない朝。散歩しようか。娘に声をかけた。うん、する。即座に娘の返事が返ってくる。といっても、このあたりのことを私たちはまだ全く知らない。とりあえず、通りに出てみる。 大通りを渡り、知らない街へ、とん、と足を踏み出す。一歩裏手に入った途端、私たちを待っていたのは、くねくね続く細い入り組んだ道だった。 ママ、こっちにも道がある。ママ、こっちにも。それはどれもこれも、車の走れない細い道で。人が二人、すれ違うの

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          この町最初の散歩

          消えてゆくもの、失われてゆくもの

          まだ港湾地帯が整備される前の頃。そこには棄てられた家屋が何軒か建っていた。以前は何かしらの事務所に使われていたのだろうその建物たちは、私が訪れるたび横に罅が入り、縦に罅が入り、と、いつ崩れてもおかしくない程に錆びついていった。 それでも何だろう、それはそこに在るものであって。なくなることなど、私には考えられなかった。窓の柵に突っ込まれた塵も、もはやそれはひとつの模様だった。立て掛けられた梯子ももはや使い道はありそうになく、それでもそこに、在るべきものだった。 私以外にも時折そ

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          消えてゆくもの、失われてゆくもの

          空っぽのゴール

          それは小さな小さな、猫の額ほどの小さな公園で。遊具も少なくて集う子供らも少なく。ただ、空っぽのゴールがぽつり、二つ置いてあった。 犬の散歩に立ち寄る老人たちがぽつりぽつり、そこを歩いて過ぎてゆく。休日たまに、ゲートボールをする老人たちが集っているが、ブランコを揺らす子供の姿は、本当に稀だ。 それでもゴールはそこに在って。 だから私は寝そべってみた。砂の上、寝そべって、一つのゴールの下寝そべって、見上げてみた。 がらんどうのゴールの向こう、空が広がっていた。からんと乾いた空

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          空っぽのゴール

          本、出します。

          近々本出します。 インパクトの強いタイトルで、ぎょっとされる方も多くいらっしゃるかもと思います。でも、書いてあること扱っていることは、特別なことでも何でもありません。 ごくごく当たり前の、誰もが何処かで思ったり考えたり悩んだりしたことがあるんじゃないかと思えることがらたちです。 いや、自分は性暴力加害者/被害者になんてなるわけないから、そんなわけないだろ、と仰る方も多くいらっしゃると思います。 特に加害者になるわけはない!と。 でも。本当にそうでしょうか。 確かに、一線を

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          本、出します。

          05-断峡

          この曲も、いっぺんに複数パートの音が突如頭の中でなり始めた。

          息子を撮らない私。撮れない私。

          前から疑問に思っていた。何故私は息子の写真を撮りたいとそんなに思わないのだろう。娘の時は何をさて置いといてもまず「撮る」自分がいたのに。   息子の写真は、何処かで、オットが撮るんじゃないかと思っていた。 私はもう、娘でやり切った、という気持ちが何処かにあった。 それは、ほんとにもう、どうしようもないくらい、あった。   最近、ようやく、撮り始めるなら今のうちだよ、という気持ちが湧いてきた。遅いのだが。でも、それが私の「ほんと」だ。   私は彼の裡に、自分を加害した人間と同じ

          ¥300〜

          息子を撮らない私。撮れない私。

          ¥300〜

          旧友との再会

          ほんの1時間だけれど、旧友と再会。私と彼女が別れた時、彼女の髪はずいぶん長かった。再会した今日、彼女は短く髪を切っていた。当時は薬の副作用で常に手元が震えていた彼女だった。寂し気な横顔は変わっていなかったけれど、でも、彼女の手元は今震えてなんかいなかった。十年ほど前に半年ほど入院した後、ずいぶん落ち着いたんだよと話してくれた。 でも彼女の両腕は、見事に傷痕に覆われていて、私の心臓はぎゅうと鳴った。リストカットにもひとの数だけ色合いがあるのだなと、彼女の両腕の傷痕を見つめながら

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          旧友との再会

          ¥100〜

          当事者が言語化しきれないことたちのひとつ

          私自身性暴力被害当事者だけれど。被害に遭った時のことをひとつひとつ言語化できるかといったら、否、だ。 まず被害直後私の頭はショートした。真っ白になった。いや真っ黒だったのかもしれない。とにかく映像の記録の一切合財を拒絶した。ゆえに私の記憶は傷だらけのレコードみたく、飛び飛びに、ところどころしか残っていない。それも無声映画のような状態でしか残っていない。微かに残る音声は、私を二重三重に傷つける代物でしかなかったりする。 そんな自分にとって、あの時どうして、レイプされずにすむほど

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          当事者が言語化しきれないことたちのひとつ

          02-去樹影

          亡き祖父から聴かせてもらった祖父の戦争体験を、私は子供のころよく、ひとり夜になると思い出した。自分の部屋の出窓に上っては、夜中ずっと、夜空を見上げながら、祖父の体験話をなぞった。 その時の私の思いを、音にすると、この曲になった。