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カフェイン断ちに興味あり|コーヒーについて語る
最近、平日に禁酒をすることにしてから、生活に少しずつ変化が出てきた。まずは読書が捗るようになったことだが、それ以外にも睡眠の質が良くなったこともある。一方で、飲酒がストレスを発散してくれていたからか、逆に睡眠の質が低い日もあり嫌な夢を見てしまうこともあった。
何か習慣を変えると色々な気づきがあるものだと痛感しており、しばらくはこの状態をキープできるように注意している。
もしこのまま完全禁酒をすることができれば、自分が摂取する刺激物からアルコールがなくなることとなる。きっと日々が過ぎていく時間がゆっくりになってくれるだろうなぁという期待とともに、それはそれで少し寂しいという気持ちも抱く。まぁ人付き合いもあるから、きっと今の平日禁酒状態が続くような気がする。
さて、こうした変化によって生活の気づきがあるのならば、他にも試してみたいと思い「カフェイン断ち」に興味を持つ様になった。コーヒーを辞めてハーブティーを飲んだりするのである。
「カフェイン断ち」で語られるのは、決してコーヒーやカフェインが身体に悪いということではないが、カフェインに依存したようにコーヒーが「必須アイテム」になっているという指摘にあるらしい。確かに僕も毎朝飲んでいるわけなのでコーヒーは生活に「必須」だ。
これはここ数十年でコーヒーを取り巻く環境が劇的に高品質になっていることも影響している気がする。カフェも多くコーヒーグッズも多いし、コーヒーに対しての世間的イメージも良い。
僕が子供の頃はコーヒーがここまで流行っていなかったような記憶がある。今から20年くらい前、当時は缶コーヒーやインスタントコーヒーを「眠気覚まし」として飲んでいるような文化が定着していたのではないか。
あの頃はスタバの様な本格的な香りを楽しむ類のコーヒーはあまりなく、カフェで優雅にコーヒーの香りを楽しむのではなく、タバコを吸うためにとりあえず喫茶店に入ってコーヒーを注文していたような印象があった。
今でこそマクドナルドのコーヒーはマックカフェとして売り出していてとても美味しいコーヒーだけど、昔は正直不味かった記憶がある。コーヒーよりコーラを頼んだ方が良かった。「カフェインが入った刺激物」といった扱われ方をしていて、健康志向が高い人はあまり飲まなかったんじゃないか。
それが今や心血管疾患のリスクが低減するとか、抗酸化作用があるとか、様々な健康効果も認知されるようになり、昔とは随分イメージが変わったように思う。ここ20年くらいで「眠気覚まし用飲料」から「香りを楽しむ健康的な飲み物」に変貌を遂げたわけだ。
こうして僕も含めた多くの人がナチュラルにカフェインに依存しているのかもしれない。
さらに歴史を遡って調べてみると、かつて中東やオスマン帝国では、コーヒーは「悪魔の飲み物」として恐れられ、あまりにも刺激的な香りと味わいが社会の秩序に影響を及ぼすとされたため、一時的にその流通が禁止されたこともあったらしい。古代のイタリアでもコーヒーが禁じられていたというのを、何かの本で読んだ記憶もある。
こうして様々な時間軸に想像を巡らせながらコーヒーを飲む習慣を振り返ってみると、あまり情報に左右される必要がない気がしてきた。
必要に迫られた時にカフェイン断ちをするべきなのかもしれない。僕が平日の禁酒をしたのは自分の時間を取り戻すためだったから、カフェインを断つ必要が出てくるまでは、これからもコーヒーを飲み続けるだろう。
ひとまず僕はいつも寝起きが不快で目覚めが悪いので、コーヒーの様な魅力的で刺激的なものが必要だと思っている。だけど、カフェインを断てば、そもそも不快な目覚めにならぬ程の快眠ができそうでもある。
僕はあと数年で40代になる。そろそろ体内に刺激物を入れるのを辞めて、ハーブティーなどを飲んで心の平穏に人生のプライオリティーを置くような暮らしに変化していくべきなんだろうか。