積読が増え続けるまま生き続ける
今年に入ってから仕事が猛烈に忙しくなり、プライベートの時間が減ったうえに体力的にも疲弊している状態が続いています。
それにも関わらず、時間を見つけては書店に足を運び、気になる本をついつい買ってしまいます。読む時間も読む気力もないのに、読みたい本だけがどんどん増えていき、読書と時間の収支バランスが取れていません。
これを人は「積読(つんどく)」と呼び、多くの読書好きを悩ませている現象です。
最近の積読はインターネット時代に多大な影響をもたらしたスチュアート・ブラントの伝記『ホールアースの革命家』と、『がん -4000年の歴史-』の著者であるシッダールタ・ムカジーの『細胞』、そして映画でも話題となっている原爆の父オッペンハイマーの評伝『オッペンハイマー』があります。
どれも重厚な本なので読むのには時間も体力も必要になることは間違いありません。これらが積読されています。
もっと言えば、新作以外にも読みたい本はたくさんあるわけで、岩波文庫の古典群も片っ端から挑戦してみたいし、アガサクリスティー作品も全てを読み尽くしてみたいし、マニアックなSF小説もたくさん読んでみたいと思っています。
既に積読本として登録されている本が多数あるにも関わらず、新規にエントリーしてくる新刊がペースを落とすことはないのです。
こういった現象が終わる日はいつかやって来るのでしょうか。僕はその時は死ぬまでやってこないのではないかと思っています。
そもそも、読みたい本がなくなる状況がゴールだとしたら、その状況がそんなに魅力的なもののようには思えません。
かつて胃がんの手術をして病室で瀕死状態だった時、人生への後悔から頭のなかで「死ぬわけにはいかない」理由を挙げていたことがあります。
国内外の行ったことのない場所へ行くことや、昔の友人ともう一度会うこと、これからも多くの出会いを経験することなど、それらを達成せずに若くして亡くなるなんて絶対に嫌だと思う理由を書きだしていったのです。
それによって、億劫だった検査や治療にも意地でついていくようになりました。「○○しないで死ぬわけにはいかない」という動機は強烈なもののようです。
だとしたら、読みたいと思っている本が積読されている状況というのは、「全部読むまでは死ぬわけにはいかない」ということです。
これは今後の長い人生のなかで訪れるであろう数々の危機を乗り越えるきっかけとなる強い意志に繋がります。
いつ何が起こるかわからない人生を強い意志がない状態で生き延びられるほど世の中は甘くはありません。
積読が溜まっていく状況というのは、消費しないものにお金を賭けて浪費しているだけのように思えますが、実はそうではなくて「生きる理由」を積んでいることにもなっているのです。