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現役と過ごしたテントの一夜 北アルプス・奥穂高岳に登る②

学習院大学山岳部 昭和30年卒 石川貞昭

 上高地への1時間半の車窓風景は、初めての子供たちより、両親の方が驚きの声をあげていた。 何しろ稲刻(いなとき)や奈川渡(ながわど)にあのスケールの大きなダムができる前にしか通っていないので、浦島太郎ばりにあれよあれよと感嘆させられる始末なのである。

 沢渡(さわんど)から先は、昔ながらの釜トンネルを抜けると、いつ訪れても心にジーンとくる上高地が待っていてくれた。

 ゆったりとか細いガスを吹き上げる焼岳。 美しい瀬となって流れる、梓川の澄み切った水。 そのうわべに立ちのぼる川霧。 中腹に雲の澱みを纏う穂高の偉容。

 河童橋の上にたたずむ私たち一家は、子供を連れて、久々に故郷に帰ってきたような感じをしばし味わっていた。

 河原に面した、西糸屋の前のどっしりとした木のベンチに陣取って、持参の朝食をとる。 夏の終わりは人影もさすがにまばらで、その静けさが嬉しい。

 今日の行程は、上高地出発9時、涸沢ヒュッテ着5時と、一般の人々より2時間余計にとってみた。

 岳沢側梓川沿いに進み、森と水のはざまの楽園、明神池へ向かう。 太古の面影を損なうことのない、鏡のような水面には、鴨のつがいが悠々と泳いでいるのに出会った。 大自然の中での野鳥たちとの身近なふれあいは、子供たちにとっても得難い、忘れがたい体験であったろう。

 明神池から先も、梓川右岸のクマザサ道を進む。 奥又白谷を越え、横尾が近づいた広い河原で水遊びのために小休止を取る。

 横尾山荘で昼食にしたかったので、梓川を渡渉する。 浅瀬を選んだつもりだが、股まで浸る冷たい水。 荷物、子供たちと交互に背負ってバランスを取る横断は、冷や汗ものの一仕事だった。

 屏風岩の絶壁を仰ぎながら詰める横尾谷の登路は、次第にきつくなる。 長男は元気に歩いてくれるが、次男は眠気を催して「もう疲れて歩けない」と泣きが入る。

 仕方ないので、1時間昼寝の休憩だ。 屏風の裾をまいて、涸沢のカールが迫る頃、一家は子供のペースでゆっくりと残雪の谷底へと登っていった。 涸沢ヒュッテはかなり空いていた。 子供たちは長い登りで疲れたものの、雪を見たら元気を取り戻し、夕食までのひと時、厚着をしてしばらく雪遊びに興じていた。

 学習院大学山岳部のテント泊は明晩からなので、今宵は涸沢ヒュッテの一夜である。 ネパールのシェルパ2名が長期投宿しており、歓談しながら夕食を済ませて9時には就寝。

(1970年8月の山行)

「現役と過ごしたテントの一夜 北アルプス・奥穂高岳に登る①」から

「現役と過ごしたテントの一夜 北アルプス・奥穂高岳に登る③」へ

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