〇〇図書館の司書のみなさんはヒーローでした
「本屋さんに行きたい」
長男(小4)は暇さえあれば書店に行きたがる。
「図書館でもいいから。ちなみに本屋さんに行ったら欲しい本があるんだけどね?」ちゃっかり本屋さんで本を買ってもらおうとする。巧みな交渉術に、図書館なら連れて行ってやろうと腰をあげた。
長男は私も驚くほどの多読ぶりで、年間の読書冊数は500冊をゆうに上回る。良いことばかりじゃない。視力は0.08しかないし、「本ばっかり読んでないでいい加減ご飯食べなさい!」としょっちゅう叱られている。活字中毒かもしれない。
最近のお気に入りは『アルセーヌ・ルパン』『海底2万マイル』『空想科学読本シリーズ』らしい。それを借りたいのかと思って2人で図書館に出かけた。
「何借りるの?」
「実は調べたいことがあってね、狐灯篭*のことなんだけど」
図書館に向かう車の中で長男が語りだす。
「狐灯篭って何?」
「知らないの?この地域にある有形文化財の灯篭だよ。太平洋戦争の時のものらしいんだけど、今度歴史クラブでそれを見に行くことになったから調べたいんだよね」
(*実際には狐灯篭という名前ではありませんが、通称を書いてしまうと息子の住んでいる場所が分かってしまうので変えています)
歴史クラブに所属している長男はその狐灯篭を見に行く前に、自学のテーマとして背景を研究したいらしい。なんていうか、真面目だなぁと思う。
「じゃあここからは別行動で。」弟たちが待ってるから50分くらいで終わりにしよう、と言い置いて二手に分かれた。私は最近お気に入りの「文学」「エッセイ」のコーナーを練り歩きながら、自分に足りないものを探す旅にでる。
文章力の本と、向田邦子全集(1)を手にとってちらりと長男の姿を探すと、レファレンスコーナーに並んでいた。ほんの少し離れたところから様子をうかがっていると長男の番がやってきた。
「あの、この地域の狐灯篭について書いてある本を探しています。自分でパソコンで調べてみたけど出てこないので探してもらえますか?」
おぉ。ちゃんとしてる。私の出る番は無さそうだ、とレファレンスコーナーが見えるソファに腰かけた。
向田邦子全集を開く。昔から向田邦子好きですけど?みたいな顔をして棚から取り出したけど、実は初めまして邦子さん、だった。好きなnoteクリエイターさんが本当にさらっとなんでもないようにその作家さんの名をエッセイに入れ込んでいて、なんだか向田邦子を読んだことがない自分がとても無知に思えたのと、これを読んだらあの人にちょっと近づけるかもしれないなんて淡い期待があったからだ。それと同じ気持ちで手にした本が私の横に積みあがっていた。開高健とか、中原中也とか。
向田邦子全集(1)第一章、伊勢海老の話に目を通しながら長男を見ると、司書さんと顔を寄せて話していた。司書さんは若い男性で、顎に手をあてながら長男になにやら聞いている。子どもの声はよく通るから、長男の声だけが私の耳に届いた。
「僕、歴史クラブに入っていて、今度この灯篭に行くので調べたいんです。でも載っているのが無くて…」2人で1冊の本をめくったりパソコンを叩いたりしている。
私はもう1度向田邦子の世界に目を落として、ややあってからまた目を上げた。
司書さんが、増えている。
今度は年配の、老眼鏡であろうメガネをおでこにかけた男性と、先ほどの若い男性と、長男が3人で話し込んでいる。3人の中心にはすでに3冊の本が集まっているようだった。
これは…助太刀した方がいいのか、それとも私はまだ邦子さんの世界に浸っていていいのか、しばし考えながら様子をうかがってみた。幸い長男の後ろに誰か並んでいるわけでもなく、司書さんたちも迷惑そうには見えなかったから、すぐに席を立てる準備だけしておいた。
そのうち、さらにもう1人の司書さんがやってきた。今度は女性で、本のことで知らないことはない、と顔に書いてあるような方だった。すごく詳しそう。休日の、小さい子どもの笑い声がたまに響く図書館の中で、3人の司書さんと長男がレファレンスコーナーに集まって会議をしている。
あの本はどうだ、とか向こうの書庫にあるんじゃないか、とか、2階の郷土資料にあるんじゃないかとか、真剣に調べてくれている。本の数は5冊ほどになっていた。すでにレファレンスサービスに相談してから1時間半経過していた。
さすがにご迷惑じゃなかろうか?と思って声をかけた。
だけど、司書さんたちは首を振る。思い違いでなければいいのだが、むしろ「今大事な調べものしているんだから邪魔するな」と言いたげな雰囲気さえした。「司書スイッチ」的なものがあるのだとしたらそれが入っているのかもしれない。私の息子なのに、私が一番ノケモノみたいだった。
なんか邪魔しちゃってすみません、となぜか息子を含めて4人の方々にお詫びをして、すごすごとまたソファーに腰掛けた。向田邦子を袋にしまい、中原中也を開いた。
しばらくして「ありがとうございました」という声と共に息子が笑顔で戻ってきた。手には数冊の本。
中にはずいぶん古い本もあったし、個人出版のような薄い冊子まであった。
後ろにいた3名の司書さんに頭を下げると、なんでもないようにそれぞれの業務へと戻っていった。かっこよかった。静かで、熱くて、大げさじゃなくて。
きっとあの方たちは中原中也も向田邦子もとっくに読んだに違いない。長男がそれらの作家さんと出会うのも遠くない。こうやって、本好きから本好きへと受け継がれていくバトンみたいなものを目にすることができて幸せだな、と思った。
司書のみなさん、本当にありがとうございました。〇〇図書館の、と大声で宣伝したいくらいに素晴らしい体験でした。だけど〇〇図書館には週に1度私と長男がいるから、残念ながらここではそれを伝えられません。
きっと、全国の司書さんたちが同じように色々な方の探し物のお手伝いをしてくださっていると思います。
ありがとうございました。
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