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異例の10万部ヒット中!書籍『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学』 追加コンテンツを特別無料公開

サンクチュアリ出版から2024年4月23日に発売した書籍『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学は、東洋哲学という超ニッチなジャンルながら発売半年で10万部を突破!
これまで東洋哲学に興味がなかった方からも「こんなにわかりやすくて面白い東洋哲学の本は初めて!」と反響をいただいています。

この度、重版分より、読者からのリクエストの多かった著者&監修者による追加コンテンツを掲載いたしました。
重版前の書籍をお買い求めいただいた方でもお読みいただけるよう、noteで特別無料公開させていただきますので、是非ご覧ください。

しんめいPが教える 東洋哲学本を読む「コツ」

著者のしんめいPです。
本をだしてから、インターネット上で毎日ご感想をみさせてもらっています。その中で、「東洋哲学の本、おすすめを知りたい」という声がたくさんあったので、「おすすめ本」のリストをつくることにしました!

東洋哲学本を読む「コツ」

でも、その前に、東洋哲学の世界にはいっていくうえでの「コツ」を共有させてください。あくまでぼくの経験がベースです。
コツ。それは…
「知識」を目的にしない!
ことです。
「東洋哲学にくわしい人」になれたら、なんかカッコ良くないですか。
「知識」、ふやしたいですよね。でも、危険です。
「知識をふやしたい」のうらにあるモチベーションって、だいたいクソです。モテたいとか。誰かに勝ちたいとか。まわりにマウントとりたいとか。ぜんぶぼくの話です。
断言しますが、東洋哲学の知識がふえても、モテません。
むしろ「なんかヤバそう」とおもわれます。逆効果です。ぜんぶぼくの話です。

なにより、「東洋哲学をしってる自分」をつくりあげてしまって、「まわりがバカ」にみえてきたら、「終わり」です。冷静になりましょう。
東洋哲学にたどりついてる時点で、われわれは超こじらせてます。
東洋哲学にくわしいことを、自慢するようになっちゃったら、こじらせすぎて、アウトです。ブッダもおてあげ。完全にぼくの話です。ほんとすいません。
東洋哲学は、「楽になるため」にあります。

老子のことばも紹介します。

絶学無憂
        老子 「道徳経」 20章

――学ぶことをやめたら、心配ごとはなくなるよ

老子らしい、常識をぶっこわすことばですね。
学んでもロクなことないよ、と言ってます。

たとえば、友達が東洋哲学にハマったとします。「空」とはなにか、100冊本を読んだらしい。めちゃくちゃ詳しくなったそうだ。
そんな人がいたら、心配になりません? ぼくはそうとう親から心配されました。
「空」ってなんだ。
「道」ってなんだ。

知識をふやそうとするほど、言葉の世界にとらわれて、しんどくなる。
東洋哲学にかんしては、「学ぶ」という意識をポイッて捨てちゃいましょう!
じゃあ、どうするか。
あくまで、「いまのしんどさ」を解決するために読む。
これが超大事!です。たぶん。

ブッダからすれば、ぼくらはみんな「病気」みたいなもの。
「就活」や「婚活」みたいなフィクションで悩んじゃう。
ぼくらは「患者」です。「先生」になる必要はありません。
いま自分が「しんどいな」って認めると、素直な気持ちになります。「頭で読む」というより、「心で読む」という感じになります。
そうすれば、難しい内容でも「なんかわかるかも」と思えたりする。
結果的に知識もふえるとおもうけど、たぶんそれは大丈夫です。
どうせそのうち忘れるし。しんどさがマシになったら忘れてOK。
知識を「目的」にすると、こじらせます。東洋哲学、詳しくても、基本いいことないです。全然モテないです。やめときましょう。

東洋哲学の本を選ぶときは、
「知識」でもなく「悟り」でもなく、とにかく「楽になる」ことを目的にする。
そんなスタンスが、個人的におすすめです。
(※ もちろん、知識は、東洋哲学を人につたえるときには超重要だとおもっています!あくまで「目的」にすると苦しくなりそう!ということをお伝えしたいです。)

それでは、おすすめの本を紹介していきます。
これまで紹介した、6つの章、それぞれの哲学者について、おすすめを選びました。ぜひ「推し」の哲学者についての本を選んでください。
中学生や高校生が読めそう、と思えるかを基準にしました。

おすすめの本

1章: ブッダ

・『反応しない練習』草薙龍瞬 (KADOKAWA)

いちばんにおすすめしたい、とにかく楽になれる本です!
著者は、インドで出家した、日本人のお坊さん。
仕事や家族の悩みによりそいながら、ブッダの考え方を、すごくわかりやすく紹介してくれています。
なかなか日本ではなじみのない、古い時代のインドの経典もどんどん引用されていて、ものすごく本格的な内容。なのに、スッとブッダの考え方が入り込んできます。
ぼくも会社員時代いちばんしんどかったときに、この本を読んで気持ちが楽になりました! あまりに良くて、友達にもプレゼントしたけどそいつは読まなかった。ぜひ読んでほしい本です。

・『怒らないこと』アルボムッレ・スマナサーラ (だいわ文庫)

スリランカの仏教の長老が書かれた本。スマナサーラ長老の本、とても好きで、ぼくも何十冊も読んでます。怒るって、しんどいし、やだよね。
そんな、身近だけど深い悩みから出発して、ブッダの考えを伝えてくれる本です。

2章: 龍樹

龍樹の本って、なかなかとっつきやすいものがないんです!
そこで、まずは龍樹の「空」の哲学に近い「般若心経」というお経の解説を読んでみるのがおすすめです。般若心経って、実は「空」について語ってるんです。
なんか最近、知り合いの30代女性に「般若心経の本よんでるよ」って言われたんですけど。しかも3人。流行ってんの?そんなことある?

・『寂聴 般若心経:生きるとは』瀬戸内寂聴 (中公文庫)

九十九歳まで生きた、めちゃくちゃ破天荒でチャーミングなお坊さんの本。
自分自身の強い「欲」と向き合いながら生きてきた人の書く「空」のはなし。だからこそ、言葉に血がかよっていて、するすると読める。昔ベストセラーになった本らしいけど、いま読んでもすごく面白いです。

『ティク・ナット・ハンの般若心経』ティク・ナット・ハン(著)、馬籠久美子 (翻訳) (新泉社)

アメリカで「マインドフルネス」をひろげた禅のお坊さんの本。英語からの翻訳だから、苦手なひともいるかもしれないけど、「空」の哲学をすごくシンプルで感覚的にわかるように解説してくれています。

3章: 老子・荘子

・『老子の教え あるがままに生きる』安冨歩 (ディスカヴァー・トゥエンティワン)

ぼくの大好きな本です。東大の先生が書いた、老子を「超訳」した本。
すごくやわらかい言葉で、老子の世界が表現されています。
なんとなくしんどいときにおすすめ。
老子の教えは、シンプルでポジティブだから、東洋哲学の入口には一番いいかも。

・『マンガ 老荘の思想』蔡志忠 (著)、 和田武司 (翻訳)、 野末陳平 (監修) (講談社+アルファ文庫)

やっぱりマンガは正義。エピソードごとにわかれていて、なんとなく気になったページをめくれば、老子や荘子の面白い考え方を知ることができます。

・『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』野村茂夫 (角川ソフィア文庫)

これはちょっと難しいけど、老子と荘子が書いた文章のなかで、重要なものをそのまんま読むことができます。
特に荘子の本って、実は短い物語みたいな話がおおくて、読んでみると面白いんです。いきなり「クソでかい魚がいたけど、クソでかい鳥に変化した」みたいな意味不明な物語からはじまるんですよ。荘子の本って。わからないけど、わからないまま読んでみるのも面白いです。漢文と日本語訳がのってるので、まずは日本語訳だけ読んでみると雰囲気を感じられるかも。

4章: 禅

・『禅、シンプル生活のすすめ』枡野俊明 (知的生きかた文庫)

庭園デザイナーとしても活躍されている禅のお坊さんの本。
「ボーッとする時間をもつ」とか「朝の空気をしっかり味わう」とか、すごくシンプルな項目だけでできている本。めちゃくちゃシンプル。でもそれがいい。
「言葉をすてろ」をふつうの生活で実践するヒントがたくさんあるし、なにより文章からただよってくる空気感をかんじるのが大事な気がします。
会社員をしていてつらかったときに助けられた本です。

・『禅とジブリ』鈴木敏夫 (淡交社)

スタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫さんと、禅のお坊さんたちが、ジブリ作品を題材に、禅について語っていく本。対談とエッセイなので、読みやすいです。

5章: 親鸞

・『はじめての親鸞』五木寛之 (新潮新書)

尊敬する仏教エッセイスト、五木寛之さんの親鸞入門書。
講義がそのまま文章になっているので、話し言葉で読みやすいです。
五木さんは『親鸞』(講談社文庫)という小説も書いているので、小説が好きな人はそっちでもいいかも。

・『親鸞 100の言葉』釈徹宗 (監修) (宝島社)

ありそうであんまりない、親鸞の名言集。
親鸞の言葉って、ほんとにパワーがあって、何を言ってるかわからないときも親鸞の純粋さが伝わってきて感動するんですよね。
なんとなくコンビニでみつけて買ったけど、めっちゃ良かった。

6章: 空海

密教って、マンダラとか、ことばだけじゃなくて色んな表現があるので、本を読むよりもぜひ現場にいってみてほしいです。
まず、「護摩」。火をおもいっきり燃やしながら、太鼓をたたいたり、お経を唱えたりする儀式。迫力があってぼくは大好きです。
お近くの真言宗か天台宗のお寺のホームページをしらべてみてください。月1回くらい護摩をやる日があったりします。だいたい誰でも参加できるので、「密教」の雰囲気をなんとなく知ることができます。関西なら、高野山や、京都の東寺。関東なら、成田の新勝寺のような大きなお寺にいってみるのもおすすめです。

空海の哲学を紹介する本は、かなり難しいし、世界観になじむまで時間がかかるので、空海の人生をもとにした映画をみるのがいい入口かもしれません。
よかったら北大路欣也さん主演の『空海』(1984年)をみてみてほしいです。

「どうしても本で読みたいんや!」って方には、高野山の金剛峯寺が出している『KUKAI』という雑誌があります。写真いっぱいで、密教の世界を楽しめます!

おすすめを読んだ感想もSNSにポストしてみてください〜!
ハッシュタグ #自分とかないから をつけてもらえたらみさせてもらいます!

監修 鎌田東二先生からのメッセージ

解説
鎌田東二(京都大学名誉教授・宗教哲学者)

書の監修を引き受けている間の2022年12月にステージⅣの大腸がん(上行結腸癌)が発覚した。患部周辺を50センチほど切除する手術をし1ヶ月入院。その後、1年半余におよぶ抗がん剤治療を続けた。頭髪は抜け落ち、脳頭頂部に3センチほどの転移が見つかった。その周りを10センチほどの浮腫が取り巻いていた。かなり深刻な状況だった。
ではあっても、本書を読んでいたからか、あるいは監修者として、著者であるしんめいPさんとやり取りをしていたからか、まったく心的ダメージはなかった。むしろ、がんであることを僥倖ととらえて「ガン遊詩人」を名乗り、ギター1本を抱えて各地に巡遊し、詩を朗読し、自作の歌をうたい続けた。がんはあっても『自分とか、ないから。』の功徳・効能は大したものだ。
もちろん、『自分とか、ないから。』を読んでも「がんとか、ないから。」というわけにはいかない。がんはガンとしてしっかりとわが身にある。また末端神経障害や味覚の変調や身体バランスの低減などフィジカル(身体的)ダメージもかなりある。

しかし本書で著者が、じつにわかりやすく、自分の言葉で自分を「いじり」、自分の「黒歴史」も包み隠さず笑い飛ばしながら、自分のこだわりや弱点を解除・解放していく方途と東洋哲学的根拠を示してくれているので、たいへん参考になり、生きて死んで逝く道行きの励みにも指針にもなる。その上、超おもしろすぎ。
各章のテーマは、タイトルだけみると、「無我」 (第1章)、「空(くう)」 (第2章)、「道(タオ)」 (第3章)、「禅」 (第4章)、「他力」 (第5章)、「密教」 (第6章)と、何やらむつかしそう。もろ仏教や老荘思想だし、本格東洋哲学の主要概念だ。しかしそれが、このユーモアとウィットに富んだ著者にかかると、とてもエンターテインメントな思想アクロバットをスペクタクルに見せられ(魅せられ)るようで、目が紙面に吸いついて離れられなくなる。
多くの大学教授や批評家などの仏教や東洋哲学についての本は、専門的で理詰めのものがほとんどだ。専門的な間違いは少ないかもしれないが、しかし、生きていく際の力や指南になることはほとんどない。
本書の魅力と特色は、読者の生き方やあり方を、自分を切り刻みながら問いかける「捨て身戦法」だ。
だいたい、ほぼすべての専門書は言葉も論理も防衛的で、分厚い防衛線を張りに張って、張り巡らせている。万里の長城みたいに。博士論文の審査会を英語では「ディフェンスDefense」というが、質疑の突っ込みを徹底防衛して撥ね返すことにしのぎをけずり、命を削る。過酷な知の闘争である。
しかし、本書は、「ツッコミとボケ」、あるいは、「ボケとツッコミ」を一人二役で演じ切る。突っ込み方も半端じゃないが、ボケ方もハンパじゃない。ある種の「泣き笑い」戦術である。泣きと笑いが交互に来て、救われながら昂揚しまくれる。
特に、100ページ近くある第2章、著者の「居酒屋のブッダ」ぶりは泣き笑い、一人芸として凄味がある。「ディフェンス」をかなぐり捨てて「投身(身投げ、我われ投げ)」している。「われ」を晒しに曝して、突き放し、いじり、笑いを取る。読者はそれによって、救われつつも昂揚し、元気になる。このあたりが、この本が10万部を超える大ヒットになった理由だろう。わたしが特におもしろくおもったのは、この第2章と第4章だ。飛んで、抜けて、破る。
ともあれ、現段階で10万部の大ヒット。超凄すぎ、だ。「監修者」のわたしは、著者から連絡があるたびに、ただひと言、「好きに書いたら〜」「思うまま書いてよ」と言い続けただけだが、著者はそれを真に受け止めてか、ほんとうに自由に、しかし、しっかりセルフケアも読者のケアもできるタッチに仕上げた。その思想の取りまとめ方と表現の仕方は独自の唯一無二のユニークさとオリジナリティがある。
だからこそこの本を、わたしのようながんや、持病などの不安を持っている方々にも読んでもらいたいとおもう。「自分」を作っている(と思い込んでいる)「殻(空から)」が剝がれ落ちてすっきりと「自分らしく」(「自分とか、ないから。」なのに?)生きられるだろう。矛盾しているようだが、「東洋哲学」とはそのような思想道である。
わたしも「ガン遊詩人」としてこれからもいっそう「遊戯三昧」を生きて死んで逝きたい。ぜひ生きていく旅路においても、死に逝く旅路においても、本書を親しい道連れにしてくだチャイ!

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