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『日本の小説の翻訳にまつわる特異な問題 文化の華橋者たちがみた「あいだ」』

図書館の新着本コーナーで見つけた本です。
著者は国際日本文化研究センター准教授、片岡真伊さん。
存じ上げませんが、文学と日本文化の研究者ということで、もしかしたらお堅い論文で読みにくいかもしれないと覚悟のうえで、内容に興味があったので、借りることにしました。

読んでみると、非常に読みやすくてさくさく読み進めることができますし、内容も期待通り、興味深く、翻訳や文学に関心を持つ人には一読をお薦めしたいと思います。谷崎潤一郎始め、1950年代以降、日本文学の英訳について詳細が語られています。

日本文学が英訳される時、翻訳者や編集者の考えによって、改変があることは、村上春樹の翻訳者の書いた文章などから、知ってはいました。しかし、「野火」のように、著者に断りなく、翻訳者(と編集部)の判断(米国で理解されないとか、こうあるべきという「好み」)によって、改変、削除された逸話には、最近のアニメのドラマ化問題で原作者の命が失われるという衝撃の展開を目の当たりにしただけに、みぞおちに痛みを感じざるを得ませんでした。

海外の文学をそのまま提供するのが善であり正義なのか、少しでも国内の読者に好まれたり理解しやすくするための改変なら許されるのか、文学の出版は芸術なのかビジネスなのか?

希望としては、多少分かりづらくても、それがその国の文学として愛されているものであるなら、改変はしないでもらいたい。

この本でも、序文で背景を説明した例などがあげられている通り、文化も含めて紹介することで、他国への理解が進むのではないか。ラストにインパクトがなくても、作者が意図した結末であれば、そこに疑問を挟むよりは、理解しようと寄り添って、翻訳するのが訳者の役割なのではないか。

実は、まだ半分しか読めていません。
でも、丁寧に調査して事実関係を確認していたり、訳文と原文の比較をしたり、非常に意義の深い研究のように感じました。






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