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傲慢と善良 レビュー

知らない間に誰かを傷つけてしまっていなかっただろうか?いや、確実にだれかを傷つけて生きてきた。
自分の傲慢さが、そうさせた。
自分は傲慢だったのだ。
プライドが高いのは自分の方だったんだ。
自分が相手に大事にされたくて、傲慢になっていた。大したことをしているわけではないのに。

この本を読んで、自分事にならない人は、
純粋で美しい。
この本を読んで、少しでも嫌な思い出がよみがえるのであれば、あなたもまた、傲慢で善良なのではないだろうか?

まさかこんなにも自分の心、これまでの行いに対してお叱りを受けるような内容だとは思わず、
いつものミステリー小説の世界に浸れるのだと、浮かれて購入した。10月に映画化されると聞き、このタイトルの響きに惹かれたのだ。今思えば、このタイトルに引き寄せられている時点で、導かれるようにして"読まされた"のだろうと思う。普段は小説なんてめったに読まないのだから。

情景がありありと想像できる、いつもの映画が始まるようなワクワク感。日常にはないこのストーリー性が、なにかしらの幸福ホルモンを出している。電車にいても、ご飯を食べていても、続きが読みたいと思わせる作家さんは技術屋だ。
この小説が、婚活を題材にしたものとも知らず、奇しくも主人公である真実(まなみ)と、自分が徐々に重なっていく。婚約相手の架(かける)もまた、結婚ができない現代病にかかったうちのひとり。2人の方向性は違えど、両者は自らの傲慢さにより婚期を逃している。
私はこの2人の悪い面をどちらも兼ね備えたハイブリットな独身であるという、目を背けてきた現実を思い知らされた。もう読みたくない、そう思わせるほど、痛いところを突いてくる。
同時に、自分だけではなく、現代に生きる結婚に追われる人たちは、同じ病にかかっているのだろうと思う。
ただ、この本によって、自分の病的な側面に気づき、改心できるチャンスがあるのではないかと思う。これは読みっぱなしにする本ではない。読んだ後のタスクは「内省」。

結婚を望んでいるのに独身のひとは、
自分は理想は高くないと信じ込んでいる。
しかし、往々にしてそれは理想が高いのだ。
自分を高く見積もっているから、相手にピンとこない。
ピンとこないことが、恥ずかしいことであると知らずに。

印象的な言葉がある。「自己肯定感は低いのに、自己愛は高い。」こんな現象が起こりうるのか。そしてそれはまさに自分をラベリングしていた。自分の見栄、打算、評価、、、そんなものは捨てて身軽に生きたい。

この本では、共存しえないと思われる概念が、実は共依存している事実が淡々と描かれているのが面白い。
すべて思い当たる節があるから、容易に理解できた。

もっと早くこの本に出合えていれば、
もっと相手を大事にしていたかもしれない。
そう思うのもまた、傲慢だろうか。


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