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映画『いつかの君にもわかること』をみる。

第18回大阪アジアン映画祭の興奮冷めやらぬ、3月15日。

『あつい胸さわぎ』以来となるシネ・リーブル梅田であります。1月の予告編公開から、この日を今か今かと待ち侘びていた。『おみおくりの作法』監督ウベルト・パゾリーニの最新作、弱冠4歳の主演ダニエル・ラモントは本当に愛くるしい笑顔でトレイラー映像から主宰の目頭を熱くしてくれました。果たしてハンカチを何枚用意して、劇場へ向かえば良いのやら。

齢30を過ぎた頃、親類筋のみならず例えば学生時代の同級生から訃報が届く機会も増えた。それは子ども時代に思い描いていた30代像と、あまりにかけ離れていて。人の一生はこうもあっけなく終わるものなのだろうか。図らずもジェームス・ノートン演じる父親は主宰と同じ33歳の時に不治の病を宣告され、ひとり親として息子の養子先を探し彷徨っている。

窓越しに覗き見る、多種多様な「暮らし」。

窓拭き清掃業という仕事、息子のアタマジラミを取る姿。それこそスマホに目をやるシーンなんていうのも一切出てこない。シングルであるという後ろめたさからか、保育所に息子を送り届けるとそそくさと来た道を引き返す。先生やパパ友との会話もない。そんな父親が唯一社会と接点を持てる空間は、意外にも仕事場にあった。窓から覗く、生活のあれこれ。

スパイダーマンのグッズで埋め尽くされた子ども部屋、優雅に寝そべる猫、時には墓石サンプルとご対面なんて場面もあった。苦しい生活を淡々と描きつつも、粋な演出だなと感じさせた。あくまで父と子の物語に主軸を置き、ガラス越しにモチーフとして散りばめられた雅やかな映像に胸を打たれる。撮影はマリウス・パンドゥル、1月公開『母の聖戦』も気になる作品です。

イギリスにおける養子縁組制度について。

「ゆりかごから墓場まで」福祉国家イギリスを象徴する言葉ですが、時代の変容と共に構造転換を迫られていることもまた事実で。とはいえ本作の理解をより深めてくれましたので、とんだ浅知恵ですが一応補足させて下さい。イギリスではエージェントを通じて養子縁組を申し込む。どんな人が養親になれるか、どんな子が養子となるか。どんなプロセスで。実親との関係は。

例えば不妊治療を受けながら養子縁組を進めるということも勿論、できる。ただマッチング後に行われる審査会で、本当に養親たり得るかといった非常に厳しい声が飛ぶこともあるのだそう。選択肢は確かに広い、しかし越えるべき壁が高くなる場面も。全ては「The Child's Best Interest」つまり"その子にとって何が一番良いのか"という基本理念に則って行われるべきもの。

養親候補をシニカルに描き切るのは、非常に優れた決断だったと思います。

しかもあくまで、フラットに。やや作為的過ぎるのではと感じさせたところまで含め実に鮮やかだった。最終的にジェームス・ノートン演じるジョンが選んだ養子先は、シングルマザーでした。ジョンも彼の父親もまた男手一つで育てられた。父親の代わりになれる存在なんて自分以外にはいないはず、それでも母親の愛情を知らずに「The Child's Best Interest」は成り立つか。

死を覚悟し、作業車の掃除を始めた矢先グローブボックスから出てきたのは生き別れた妻の手袋だった。彼はそこで大切な忘れ物に気付いたのでした。息子マイケルへの接し方もまた自立を促す父性原理から、優しく温かく包み込む母性原理へと穏やかに変わっていくのがわかった。大好きなパジャマを勝手に洗濯され、拗ねるマイケルの微笑ましい一幕はその象徴でしょうか。

自分の死を受け入れたことで、マイケルにも決意が生まれた。

信号が青になるまであんなにモジモジしていた子が、力強く押ボタンに触れしゃんと立って待てるようになった。ジョンに歩幅を合わせてもらわずに、むしろ自分からジョンの手を引き一歩前へ踏み出せるまでに変わっていた。本当に立派だった。あの前夜、二人が読んだ『When Dinasours Die』は実在するデス・エデュケーションの名著で、対象年齢はマイケルと同じ4歳から。

ジョンが母性を知ったことで、マイケルに父性が芽生えたという対比構造。この映画は父と子が顔を合わせるシーンで締め括られます。ジョン目線から愛するマイケルを見下ろす構図は、さながらホームムービーのようでした。パゾリーニが彼しかいないとダニエル・ラモントをキャスティングした理由が、あのシーンに全て凝縮されていた。信じられないぐらい泣いた。

原題『Nowhere Special』を「いつかの君にもわかること」と訳した真意。

特別な場所。たとえ地上での営みを終えても空気として、雨の日も晴れの日も葡萄の味の中にずっといるよ。新しい家族と作る思い出達が、マイケルに新しい居場所を見つけさせる手掛かりとなるかもしれない。皆さんは、どう解釈しますか。皆さんならどの養親にマイケルを託しますか。最期の身支度に、あのプラスチックケースいっぱいに何を遺しますか。

「いつか"の"君にもわかること」限りなく誤用に近い訳語かもしれません。最初からずっとわかっていたんだよ、とたくましいマイケルの声が聞こえてきそうな何かそんな予感も含めて本当に素晴らしい一本でした。入稿時は、『The Son』『Aftersun』など父と子を描く注目作品が公開間近の時期です。色んな家族像、色んな死生観、色んな人間ドラマに出会えたらと思います。

やに湿っぽい空気なので、最後ぐらい明るく行きましょう。

ダニエル・ラモント名シーン百選より、自身も大好きな食べ物であるアイスクリーム屋さんへポテポテと走っていくあの場面。殿堂入りですおめでとうございます。キャスティングセッションで、あるいは好きなもの何?なんて聞き台本に継ぎ足したシーンだったのではと邪推してしまいました。演じる役柄とダニエル少年の素顔とが絶妙に入り混じる、遊び心満点の場面です。


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