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魔法陣

呪いが片耳から入り込んできて 鼓動が魔物を呼び起こす 薄手の羽織りを引き被って えいと起き上がる 戸締まりを確かめる 悪い物は入って来られない 皆は寝静まり 呼び寄せる者もいない 程よく冷えた廊下の床 月光が隙間から差し込み 古い家も悪くない ふと気配に振り向けば 足がぬかるみに入り しかし沼であって 安定が消え 外に出ていた方の足に重心を置くが いつの間にか迫って来ていた妻が私の肩を押す いって

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円位と俊恵

(円位は西行法師、俊恵は俊恵法師のこと。共に百人一首に歌がある。このお話はもちろんフィクションです)

 円位というのは以前から噂の人物ではあったが、先日、訪いを告げる文が届いた事で、禅寺であるはずのこの庵も騒然としている。もちろん、用を足しに裏手に出た時の話だ。
 「おい、なんとかいう奴が来るだろ、綺麗で優秀で家柄も良くて、官位まであるっていう」
 「ああ、それでいて出家したとかいう」
 「それ

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明日

「もしもし?」
「もしもし。俺、靖だけど」
「どうしたの? 急に」
「どうって……。おめでとうって言おうと思ってさ」
「……覚えてたんだ、私の誕生日」
「まぁね」
「それで?」
「それでって?」
「そう、用が無いなら、切るわよ」
「そこに誰か、居るのか」
「どうして?」
「だって、じゃあ、何でそんなに慌ててるんだよ。久しぶりなんだから、もう少し、」
「私は話すことなんか、無

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靖の話

なんでなの、と問い詰められても、俺は返事のしようがなかった。
ただ、止めたくなっただけだった。意味なんて無い。
 他に誰も居ない放課後の教室で、ただ裕美を見つめていた。その後ろの大きな窓の外に、曇り空が広がっている。彼女が入学してきたころ花の散っていた樹も葉桜となり、今はうすぐらい影を風に揺らしていた。
 毎日のように部活に一緒に出ようと誘われ、なんだかんだと理由をつけて断っていたが、もうそ

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小夜子の話

我慢して半日ほど過ごしたが、もう限界らしい。明日は休日だから、きっと歯医者は休みだ。今行かなければ、しばらくの間はこの痛みが続くだろう。
昨日の夜からの痛みだったので、あらかじめ保険証を会社に持ってきていた。
 課長の方を見やると、机の上のノートパソコンに向かっていた。電話は金曜日のせいか少なかったし、二、三十分席を外したところで何か言われるようなことはなさそうだった。
「あの、課長……」

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聡の話

うすぐらいなかにおんなの顔があった。
頬にくすぐったいのは、おんなの髪の毛だった。もういちど、じっくりと見てみる。面長の、おとなしそうな顔立ちだった。ゆびを伸ばすと、裸の体の柔らかさがある。そのままなぞっていく。これは背中だろう。ひんやりとしてなめらかな背中に、円を描くと、髪が左右に揺れ、腹の上の重みが揺れた。おんなは俺の腹の上に乗っているらしい。そう気がついたとき、おんなは俺の耳に唇をよせて、

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雨の景色

運転手によく見えるように停留所番号の札を掲げてから、銀の硬貨を穴のある物とない物一枚ずつと、銅の硬貨の穴のない物を一枚と一緒に支払い口に入れてバスを降りる。折りたたみの傘はなかなかうまく開かない。二回ほどお猪口になってからようやくうまく広がった。その間に細い雨が袖や背中に降りかかったが、香夏子はさほど気にしなかった。ひっきりなしに行き交う車のライトは雨にぼやけて糸を引く。目を閉じたり、開いたりする

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隣の住人

問題はアパートの隣の住人だった。同じ大学の学生らしいのだが、学年も科も違うらしく、構内では顔を合わせたことがない。越してきたのはこの春で、俺より後だった。ある時、バイトに出かけようとしてドアを開けると、奴は女連れで大家さんに部屋を案内されていた。
「……とまぁ、こんなもんさね。できるだけ綺麗に使ってちょうだいよ」
 大家さんはたいていの大家が言う言葉を、やけに時間をかけてじっくりと言い、奴と女を改

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思ってたんと違う

夏が始まるのかなと思っていたら、次の日は雨だった。『思ってたんと違う』君はおかしなアクセントで、Eテレの真似をした。方言というものは、一朝一夕に身につくものではないよ。それから、出掛ける支度を急かした。傘を忘れないでと注意する妻の声、いってきまーす、と出掛けて行く娘の声。娘が小学校に入ってから、ほとんど変わりない日常。今日の予定を確認し、何時頃の帰宅か問われ、ゴミ袋を持って玄関を出る。職場にはバス

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