寝れないからこそ、寝ないとなんですね。
今日こそは。今夜こそは。
そう思ってnoteを開いては、意識を取り戻すと外が明るくなっている。そんな日が、なんだかんだで3ヶ月ほど続いてしまった。
社会人というのは、予想していたよりも忙しい生き物らしい。
決まった時間は働かなきゃいけないということ、時には残業もあるだろうということ。なんとなく、薄ぼんやりと理解はしていた。でも、私のしていた想像は全然現実的な範疇のそれでは無かったようで。
いや、心のどこかで「忙しくても私ならやれる」とたかを括っていたのかもしれない。周りに「仕事が出来る!」「仕事が早い!」と散々持て囃されてきた自分なら、と。
まぁ、兎にも角にも、急な生活の変化は、心の余裕を奪うのには十分すぎるそれで、夏を迎える頃には結構堪えてしまっていた。
夏の職場の健康診断で量った体重は、入職直前期に量ったそれよりも新生児一人分くらい軽くなっていて。いつだって元気に顔を出していた左腕の静脈は、何度も叩かないと反応しなくなっていた。
でも、体調は全然問題ないし、仕事も誰かに大きな迷惑をかけるようなことなく、それなりにこなせていた。
なんなら、プライベートでは、嬉しいこともいくつかあった。
就職のタイミングで帰郷した友人に会いに行けた。
行った先では美味しいものをたらふく飲み食いして、楽しい話をして、ちょっとしんみりするような話もした。
しばらく会えていなかった級友にも会えた。
大好きなお酒を2人でゆっくり飲んで、地のものを食べて、あけすけに色んな話をした。
恋人もできた。
人間としてずっと好きだった人で、学があって、尊敬できるところがある、しっかりした軸を持った人で。
なにより、彼と話しているときの空気とか、彼と一緒にいるときの自分を好きになれる、そんな関係性を知ることができたのは大きかった。
自分はつくづく人に恵まれているなぁと感じたし、ちょっと大変な社会人も頑張るぞ〜〜、と、そう思えた。
そんなこんなしていると、世の中的な夏休みが過ぎ去り、暑さが和らがない秋がやってきた。
毎年、10月が近づくと必ずと言っていいほど体調を崩す私は、今年こそはそのジンクスを破るぞ……と、体調には注意を払っていた。
職場ではたくさんの人と接するから絶対にマスクを着けるし、手洗いうがいもする。黄色信号かな……?と思ったら栄養剤を飲んで立て直す、など。(思えば最後の一節の段階で既にアウトな気もするが。)
とはいえ、社会人、どうにも自分の力で増やせないものがある。それが、 " 時間 " だった。
元々自分の睡眠時間が少ないことは自覚していたのだが、「仕事に割く時間が優先」「頑張ればなんとかなる」と、テキトーな言い訳をつけて乗り切ってしまっていた。
それが祟ったのだろうが、10月も下旬に差し掛かってから、見事に体調が右肩下がりになっていった。
上長からも、友人からも、恋人からも、身を案ずるメッセージの次に送られてきたのは「よく寝なさい」という趣旨の言葉だった。
彼らの方が、私よりもよっぽど私のことを理解しているようで、少しおかしかった。
体調が悪いと寝込むしかないし、寝込みながら出来るのは何かを考えることくらいだ。
自分の性格を無為に分析したり、人生観や死生観を考えたりもした。そのついでに、自分の人生における「睡眠」についても考えてみた。
先述した通り、これまでの人生、他の人と比べると少なめの睡眠時間で過ごしてきたように思う。そのことに(他の人から)疑問を呈されることはあれど、自発的になにか動いたり、生活を変えたりすることはしてこなかった。
でも、今回、かなり派手に体調を崩して、いろいろな人に迷惑をかけて、睡眠が足りないこと(だけではないにしても!)がいかに深刻なことかに気付かされたように思う。
さらに言えば、元々死生観ガバガバで「まぁ最悪死んでも……死んだらそのとき……」なんて思っていたわけだが、恋人に「自分だけの命じゃないんだからね!」と言われ、確かにそうだな……と身につまされた。心配してくれる人の存在や、私の肩に乗っている責任ともう少し真摯に向き合わなければならなさそうだ。失敬。
ひとまず、体調がよくなったら、睡眠記録を毎日つけてみようと思う。
それから、スマホを寝る前にいじるのもやめてみよう。
すぐに全部を変えることは難しいとしても、いずれは朝型に転向できるように、少しずつ、生活を変えていきたい。そう思えただけでも、今日のところは許してほしい。
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