右から読めば論語、左から読めばワンピース(No. 7. 箕輪厚介「死ぬこと以外かすり傷」)
私が大学2年のとき祖父が言った「公務員は安定だ。せっかく大学行ったのなら公務員になれ」。同じ年、キレキレのビジネス書を読んだ。本の名前は避けておくがそこにはこんなことが書いてあった。「今の時代、公務員ほど不安定な職業はない」。どっちの言い分もなんとなく理解できる。さあ困った困った、いったい何を信じればいいのか。
・・・
あ、自分か。
真似のできないビジネス書に意味はあるのか?
筆者の箕輪厚介は幻冬舎の編集者。彼が編集した本には堀江貴文の「他動力」などがある。本書ではそんな彼の自由闊達な人生が社会に囚われる私たちに強烈に刺さるタイトルとともに書かれている。本書の構成は各トピックのはじめにタイトル、次にエピソードという流れ。
はじめ、私はこのエピソードの部分に疑問を感じてしまった。あまりにも具体的、そしてあまりにも強烈なのだ。たとえば「言ってはいけないことを言ってしまえ」というトピック。エピソードとしては入社直後に行われたマナー研修の内容が実践からかけ離れており、日誌に「マナー研修というのは名ばかりのただの茶番劇だった」と書いたというもの。これを読んで我々一般人が「よし、明日の日誌におんなじこと書いてやるぞ!」とはならない。実践できない金言やエピソード、こんなものに意味はあるのか。
これは論語じゃない、ワンピースだったんだ。
違う、私はどうやら読む順番を間違えていたようだ。私はこの本を右から読んでいた。縦書きだから仕方がない。そうなると必然的にタイトルが最初に目に入る。「安全安心を破壊せよ」「誰も行かない未開を行け」。筆者がこの混沌とした時代の道しるべを与えているようだった。まさに孔子が人生の道しるべを示した論語そのものではないか。
だが違う、本書は左から、すなわち筆者のエピソードを中心に読んでみるべきだった。毎月1冊本を出版する箕輪厚介、数時間寝ただけで天文学的な通知が来る箕輪厚介、堀江貴文や西野亮廣と一緒に仕事をする箕輪厚介。到底真似できない。しかし読んでいるとどうも惹かれる。これは論語ではない、ワンピースだったのだ。
真似はできない、でも血は沸き立つ。
漫画「ワンピース」の主人公ルフィは海賊王を目指して冒険に出る。強敵と立ち向かうルフィの生き方は到底真似できない。しかし彼の冒険を見ることで読者は明日を踏み出す勇気が与えられる。だからあまりにも強烈かつ具体的なエピソードが必要だった。筆者はハナから真似をさせる気なんてない。自分がすべきことは自分が考えなくてはならない。それでも本書を手に取ればその沸騰した血液を吸収することができる。あとは歩くだけ。
今の時代、万人があこがれる理想の自分像など存在しないのかもしれない。だからもう仕方がない。荒野を往こう、おそらく険しい道のりになるだろう。でも大丈夫、死ぬこと以外かすり傷なんだから。
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