“ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観” 第3章編
今日のおすすめは!
D・L・エヴェレット “ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観”
屋代通子訳
*本との出逢い
堀元見さんと水野太貴さんのYouTubeチャンネル”ゆる言語ラジオ”で話題となったこちらの1冊。
イビピーオってなんだろう、水野さんが語らなかった箇所について自ら読みたいという想いで手に取りました。
学びがあった記述やピダハンの情報などを、これから各章毎に分けて読書記録を残そうと思います。
ゆる言語ラジオリスナー(ゆるげんがー?用例?)に楽しんで頂けたらと思います。
それでは第3章からどうぞ!
*第3章
〈マラリアに感染〉
・エヴェレットの妻ケレンと、当時7歳の長女シャノンがマラリアに感染。
・伝道師仲間に、医者がいて病院のある居留地で1番近いところはどこか聞くとウマイタかマニコレと教えてもらう。
・ウマイタからはロンドニア州の州都であるポルト・ベリョに道路が通じており、ポルト・ベリョにはエヴェレットの伝道団本部があった為、万が一には手を貸してもらうためにウマイタに行くことを決意。
〈病院までの道のり〉
☆最初の目的地:ウマイタ
☆ウマイタ到着後に追加された目的地:
ポルト・ベリョ
1.ピダハンの村からマイシ川とマルメロス川を12時間下り、パウ・ケイマードへの入江へ。
2.30分ほど川を下った後、ジャングルを45分程歩きオーシリアドラへ。
オーシリアドラは20年前にサレジア会の修道士達が創建した小さいながら立派な町。
町の皆はエヴェレット達に1泊させてくれたり、ウマイタ行きのヘクレイオというレクレーション・ボートが到着したのを合図してくれた。
(ヘクレイオの詳細は下部に記載)
オーシリアドラのブラジル人達は、基本的にはジャングルがトイレ代わり。
神父様でも誰でも床やベッドではなくハンモックで寝る。
エヴェレット達は持っていなかった為、近所からかき集めて貸してくれた。
3.オーシリアドラから3日間船に乗り、ウマイタへ。
4.ウマイタの50床ほどの小さな病院に到着。病院で長女シャノンと妻ケレンがマラリアとの診断を受ける。
治療が遅れた為、毎日のようにマラリアの治療をしている医者でさえ見た事のないほどの血中のマラリア・レベルだった。
ウマイタではアメリカ人=金持ちだという偏見が理由で付き添いのベットを用意されなかったり、誰1人としても話し相手になってもらえないなど人種差別を受けた為、伝道団本部のあるポルト・ベリョに行く決心をした。
5.ウマイタからバスで5時間かけてポルト・ベリョへ。
・1979年当時は家庭用固定電話は1万ドル以上した為、ブラジルで電話を手に入れるのは不可能に近かった。伝導団本部にも電話がなかったのでバスで向かった。
6.エヴェレットも睡眠不足と肉体的・精神的疲労が重なり倒れる寸前だった為、ポルト・ベリョの伝導団の医師を連れて翌日、ケレン達が寝込んでいるウマイタへ1時間かけて飛行機で行くことにした。
7.ケレンの病態が非常に悪く、街の中心にある古びた個人診療所に入院することになる。もう手遅れかもしれないとの事で、ケレンの家族に連絡を入れるよう指示があり駆けつけてもらった。
その後、2週間の集中治療を受け、一命を取り留めた。半年近く養生し充分に回復し、ピダハンの村へ戻っていった。
それからエヴェレット一家の30年間にも渡るピダハンの村での暮らしが本格的に始まった!
〈ヘクレイオという船について〉
・乗客は約100人。
・小型の船で長さ10m、幅3mほど。
・船体は10cm厚さの丈夫で防水性のあるイタウバという木板。
・船は客船や貨物船として使用されている。
ピダハンや、テンハリン、アプリナ、ナデブなどの先住民から買い取った
コパイバやブラジルナッツ、堅木、ゴムといったジャングルの産品を運んで、
ポルト・ベリョ、マナウス、サンタレン、パリンチン、ベレンなどの大都市で売る。
・乗組員は大抵カボクロ。
カボクロ達は、人生のどんなに厳しい難局に直面しても慌てふためかない。あるがままの事態を受け入れ、自分の問題は自分で解決するべきだという信念を貫き1人で立ち向かう。
しかし、他人が困っていたら喜んで手を差し伸べる親切さがある。
〈幸運の木 イペー〉
・ウマイタの病院に向かう道中、イペーの木々をみて勇気づけられるエヴェレット。
・ブラジル人はイペを”良くなる木”と呼び幸運の印としている。
*一命を取りとめた妻ケレンと長女シャノン。
次回はエヴェレットが誤解を招き、ピダハン達に殺されそうになります。
*次は第4章でお会いしましょう!
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