「会話」ではなく「対話」を。「あなたの人生が変わる対話術」感想
まず始めに一つ断りを入れるなら、この本は単なる自己啓発本ではない。
作者の泉谷閑示氏は他にも「仕事なんか生きがいにするな」等、いかにも"意識高い系"の人が飛びつくようなタイトルの本が多いが、そこから想像されるほどコテコテなビジネスライクな本かといえばそうではない。
文中には日本や海外の小説や哲学書、児童書などを多数引用し、文学や歴史的な視点から人間の本質を紐解いている。
それに加えて、著者は現役の精神科医。人間のこころとからだのしくみからも、日常の問題を解き明かしているので説得力バツグンなのだ。
数々の患者のカウンセリングを行うなかで感じてきた対話の重要性と、自分を変える対話の方法が紹介されているのが本書である。
「会話」と「対話」
この本のキーワードはズバリ、「会話」と「対話」だ。
さて、みなさんは「会話」と「対話」の違いがわかるだろうか?
簡単に言うと、結果的に双方の考えが変わらないものが「会話」。
対して、双方が刺激され、互いに新しい考えを生みだすものが「対話」だ。
また、似たような言葉に「討論」もあるが、これは相手の意見を一方的に打ち負かすことを目的としている。意見自体は何も変わらない。
「会話」が好きな日本人
日本人は「会話」好きな人種だ。昔から根付いてきた「ムラ社会」では、コミュニティ内の協調性を重視し、他とは違う考えを持っている人を極力排除する傾向にある。その同じコミュニティに自分たちが属していることの"確認作業"として「会話」が用いられる。
例えば道端で行われる井戸端会議。誰かを噂話の共通の標的にすることで、自分たちの仲間意識を高め、安心感を得る。
それに、日本人の会話は主語が欠落しているとよく言われる。例えば「私は○○だと思うけど」ではなく「○○だと思わない?」と自分の意見が世の真理であるように、気づかぬうちに共感を求めているのだ。
「対話」で新しい自分をつくる
対して「対話」は相手を徹底的に他者と捉え、畏怖の念を持って自分にないものを相手から学ぼうとすることだ。
「対話」のポイントは、たとえ自分の主張と違っていてもまずは相手の話をしっかりと理解すること。
イメージとしては自分の分身の人間をつくり、その分身に相手の話を聞いてもらう。
そして話を十分理解したうえで、その話に同意するかどうかはしっかり自身で吟味し、ためになるものは取り入れる。
この繰り返しで自分自身を絶えず作り替えていくことが大事だ。
慣れてくると、相手に批判された時でもしっかりその内容を吟味し、相手の意見を正しいと思うならプライドを捨てて素直に受け入れることもすんなりできると著者は語る。
「能」においての「聴く」
ところで、日本の伝統芸能の「能」の登場人物として、悲劇のために成仏できない霊と、その場に居合わせた僧侶が必ずと言っていいほど出てくる。
僧侶は舞台上でも目立たないポジションで、じっと霊の嘆きや訴えを聴く立場に徹している。基本は僧侶からは助言もなにも行わない。
そして全ての嘆きを伝え終えた霊は、安らかに自ら天に昇っていく。
私たちの世界でも、身近な人の相談に乗ったり愚痴を聞いたりするが、たとえ気の利いたことを何も言えなかった時でも「話を聞いてくれただけでスッキリしたよ」と感謝されることがある。
「傾聴力」「聴く力」という言葉が流行ったように、聴くことは想像以上のパワーがあるということだ。
かの心理学者、アドラーは「人間の悩みは全て対人関係の悩みである」と言っている。
私たちが生きていく以上、人と対話することは避けては通れない。
ならば、対人関係を豊かにし、また自分のセカイを広げるために、日常の対話を実りのあるものにしていきたい。