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神へ捧げるソネット

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仏文学に憧れた昭和の文学青年の詩です。 詩を書くこととは宇宙との対峙であること。 直向きに言葉を紡いだ渾身の詩群です。
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2021年1月の記事一覧

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#73

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#73

佐佐木 政治

血は静かに皮袋の中に納まっている 
心臓に始まり心臓に果てる血は
われわれの体のページを巡る 
円環軸通は永遠への擬体

言葉の巣をかけるのだ 
巡る血から言葉の霧が立ちのぼる
ほのかな体温を掲げ 岬や湾に灯が揺れる 
摂氏36℃の灯の絃にはいつも
冷たい月がかかっている

火は火をたしかめる 
重ねられる手と手の間隙を走る 閃光の記憶が蘇るのだ
体温計の目盛に浮上するふるさと

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#74

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#74

佐佐木 政治

おゝ 燠火の袋よ 人間の形となって燃えている宇宙 秩序が眠る草原
眼と眼が合い、唇と唇が合い、静かに流れ下る感情の瀑布
己の火は意識せずとも われわれはたえず火を持ち歩く
原初の核融合の夢を静かに漲らせて

なんという不思議な秩序 だれもみとらない不思議な静寂
己自身でないものが奏でる音楽 聚なる静寂の包囲
それにも増して 他者であることの栄誉よ

火は火に近づく 火袋が火袋を恋う

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#75

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#75

佐佐木 政治

神よ あまりにも茂りすぎた網目の中で 過去は霧の中に没し去る
霧の歴史の中で われわれの由来を処刑する 
焚書の血を流し続ける 否決する過去を踏み台として 
身びいきの捏造の空歌が唄われ また果てる

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#76

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#76

佐佐木 政治

神の恩恵に浴するものたちよ
かれらにとってひもじさや寒さは身の不運とはならない
かれらの翼やたて髪の中に 過去や未来の影が行き交うことはない
思い出や夢を封ずる袋を持たない

なんという狂気 あなたの枝枝は、そのままかれらをなぞる
一瞬の光となって 栄誉の重みにはじけるのだ
そして人間だけが帰ってくる

あなたの栄誉を蹴って 意識の海が立ち騒ぐ渚へと 
過去や未来が忽然と浮上する

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ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#77

ミュトスの雨<神へ捧げるソネット>#77

佐佐木 政治

たった一冊の純白のノートのためにこの世はある 
悲しみも喜びも何も持たないこの一冊のノート
このノートに向かうためにわたしたちは昼と夜を持つ

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