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純喫茶リリー

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純喫茶リリーへようこそ。 ハートフルとは程遠い、ちょっぴりビターでダークなひねくれ律子のエッセイ。 懐かしいけどひとクセある日常を、毎話読み切りスタイルでお届けします。
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#小学生

キラキラのガンプラにドキドキ/ 純喫茶リリー#44

律子は、男の子になりたかった。 保育園の頃、先生にそう言ったら、 「大きくなったら、お医者さんにアレつけてもらえば男の子になれるよ」 なんて、簡単に答えられた。 律子はその言葉を信じていた。 大きくなれば、きっとそうなれると思っていたのだ。 毎週、少年漫画をリリーで読みふけっていた影響か、 野球やサッカー、ボクシング―― 男の子がやるスポーツがどうしてもやりたかった。 ラジコンや機械いじりも憧れの的で、家で一人の時には、勝手に時計を分解して遊んでいたりした。 だけど、小

Let's 火柱リモートクッキング/ 純喫茶リリー#43

律子の土曜日は、半日授業で終わる学校から帰ると、ちょうどテレビでは吉本新喜劇が始まる時間だった。 律子は台所に向かい、いつもの戸棚を開けて、家に常備されている菓子パンを引っ張り出す。 それを片手にテレビの前に座り、新喜劇を見ながら食べるのが毎週のルーティンだった。 でも、その日は違った。 なぜか『甘いのは飽きた、しょっぱいものが食べたい』という気分が急に押し寄せてきた。 「目玉焼きだったら、作れるかもしれない」 そう思いついた。 リリーのカウンター越しに、ママが料理し

コーヒーと噂話とちょっとシンナー / 純喫茶リリー#42

純喫茶リリーの午後は、いつものように噂話で回っていた。 パチンコ帰りの野田のおばちゃんが「今日は儲かった!」と嬉しそうに笑えば、山田のオババが「りっちゃん、団子買うてきたでぇ」と1日に3回も顔を出す。萩原のジジは、「タモリはまだサングラスかけてテレビにでとる」と誰に言うでもなく文句をつぶやく。 みんな自分の言いたいことを言って、ぜんぜん噛み合ってないのに、笑いあってる。 その空気はほっこりしているのか、殺伐としているのか、よくわからない。 だが、この店には、それを楽しむ面

サボってばかりの学童をやめた / 純喫茶リリー#41

ある土曜日、律子はまた学童をサボって、家で吉本新喜劇を見ながらお昼ご飯の菓子パンをかじっていた。 すると突然、玄関のチャイムが鳴った。 ピンポン!ピンポン!ピンポン! 覗き穴をのぞくと、学童の先生と子どもたちが立っている。 律子はサボってることを「怒られる!」と思い、慌ててテレビを消し、部屋の隅にしゃがみ込んで息を潜めた。 ピンポン攻撃が続いた後、今度はドアをドンドン叩く音。 怯えながら耐え忍んでいると、やがて静かになった。 そっと玄関に様子を伺うと、諦めて帰っていっ

奪われた絵 /純喫茶リリー#40

律子は絵を描くのがちょっと得意だった。 学校の図工で描いた絵が張り出されることもあって、「私って上手いかも」と密かに思っていた。 そんなある日、近所の公園で写生大会が開かれると聞きつけた。 「入賞すると立派な絵の具セットがもらえるらしい!」 学校で使っているより色が多い。 その絵の具セットを、律子はどうしてもどうしても手に入れたいと思った。 これがあれば、クラスのみんなが羨ましがるはずだ。 自慢したい!みんなに羨ましがられたい! 律子が物を欲しがるときは、いつもそん

安い子律子 /純喫茶リリー#36

リリーの閉店後、車で家に向かう暗い道。 ママが運転をしながら 「今日の夕飯、何食べたい?」と聞いてきた。 律子はいつものように 「なすび!」 と答えた。 だって、平日の夕飯は、名前のついた料理なんてほとんどなかった。 豚肉と冷蔵庫にある野菜を炒めた物が日常だったから。 思いつくメニューと言えば「味噌汁」「冷奴」「なすび」くらい。 ママはニコニコして 「いいねー、やっすい子〜」と笑う。 律子も笑った。 でもママの作るなすびは、いつもちょっぴりしょっぱくて、 本当はあまり

初めての友達が消えた /純喫茶リリー#34

律子にとって初めての友達、それがゆりこちゃんだった。 律子はゆりこちゃんが大好きで、いつも楽しい話をしては笑わせていた。 ゆりこちゃんはいつも律子のバカな話でたくさん笑ってくれた。 「りっちゃんは面白いねー」 その一言が、律子にとって何よりも嬉しかった。 でも、その日、ゆりこちゃんは何となく元気がなかった。 「どうしたの?なんか元気ないね」 律子が聞くと、ゆりこちゃんは少し考えて、とても言いづらそうに言った。 「うーん、あのね……私、転校するんだって。」 「え?…

パッと光って咲いて、すぐに散った日曜日/純喫茶リリー#32

「律子も!律子も欲しい!」 と、お客さんが注文するたびに、便乗してサンドイッチやピラフを食べまくる律子。 お父さんがたまに帰ってきた日曜日ですら、リリーで過ごすようになった娘を見て、見かねたママが、言った。 「スイミング習う?」 どうやらリリーのすぐ近所にスイミングクラブができたらしい。 「日曜はそこに通ったら?」 というママの言葉に、律子は目を輝かせて即答した。 「行く行く!」 律子にとって初めての習い事だった。 毎週日曜日は、リリーで過ごす間にスイミングクラブへ

置いてけぼりの知らない世界 /純喫茶リリー#29

小学校に上がってから、律子は朝は自分で起きなければならなかった。 ママは律子が起きるより先にリリーに行ってしまうので、 よく寝坊して、顔も洗わず歯も磨かず、髪の毛もボサボサのままで登校することも多かった。でも、律子はぜんぜん気にしなかった。 歯を磨いてないことくらいバレないだろう、顔も洗ってなくてもバレないだろうと。 髪の毛だって、クラスのぶりっ子の女子は三つ編みしたり、リボンをしていたり、女っぽくしてて、むしろそういったこをとしないのが「ぶりっ子じゃない」証明で、律子なりの

小さな逃げ道、爪を噛む癖 /純喫茶リリー#28

気がつけば、律子にはいつの間にか「爪を噛む癖」がついていた。 そのきっかけは、けやき保育園の最後の日、先生がみんなの前で「今日が最後だよ」と話してくれたあの時だ。 みんなが律子をみていた。先生の話を聞いてる時、自分のことを言われているのだけど、褒められている感じではなく、ただ注目されている。 その妙な焦燥感と居心地の悪さに、律子はいつの間にか右手の親指の皮を引っかいていた。 顔は先生の方を向いているけど、意識は親指に集中していた。 気づいた時には皮をむしりすぎて血がにじん

前のめり空回り/純喫茶リリー#27

ゆりこちゃんと出会う前の律子は、楽しそうなクラスメイトの輪から外れて、でも羨ましくて。どこか疎外感を抱いていた。 いつの間にか、そんなクラスメイトに敵対心を抱き、負けん気が強くなっていた。 周りに「すごい!」って言われたくて、授業も張り切って、 目立つことに一生懸命。 やたらと手をあげて、大きな声で先生に話しかけ、ついでに余計な一言まで加える。お調子者の目立ちたがり屋だ。 それもこれも、喫茶リリーで、いつも大人の話に首を突っ込んでいたからだろうか? 授業中でも私語が多く