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コーヒーと噂話とちょっとシンナー / 純喫茶リリー#42
純喫茶リリーの午後は、いつものように噂話で回っていた。
パチンコ帰りの野田のおばちゃんが「今日は儲かった!」と嬉しそうに笑えば、山田のオババが「りっちゃん、団子買うてきたでぇ」と1日に3回も顔を出す。萩原のジジは、「タモリはまだサングラスかけてテレビにでとる」と誰に言うでもなく文句をつぶやく。
みんな自分の言いたいことを言って、ぜんぜん噛み合ってないのに、笑いあってる。
その空気はほっこりしているのか、殺伐としているのか、よくわからない。
だが、この店には、それを楽しむ面々が集まっているのだ。
律子はその大人たちの会話に自然と溶け込んでいた。
大人に交じって軽口を叩き、誰かの失敗談や悪口を適当に拾って笑いを取る自分が、なんだか賢い気がして誇らしかった。
その日も、野田のおばちゃんの自慢話が始まった。
「うちのシゲちゃん、中学で一番モテとるみたいなんよ。アイドルみたいだからね」
確かに、シゲちゃんはかっこよかった。
ジャニーズ系の可愛い顔っで、ふわっとしたちょうどいい天然パーマで、街で見かけても目を引くほどかっこよかった。
律子もちょっと憧れていた。
その時、店の扉がバンと開いた。
近所の社長、大巻さんだ。
走ってきたのか、真っ赤な顔で息を切らしている。
「野田さん、あんたんとこの シゲちゃんが、そこのガソリンスタンドで暴れとるで!」
「ええっ? 嘘やろ?」
おばちゃんは慌ててヒールをコツコツ鳴らしながら店を飛び出していった。
コーヒー代も払わずに。
「暴れてるって、どういうこと?」
律子はいつも読んでいる少年漫画の暴走族の姿が頭をよぎった。
ガソリンスタンドに行く中学生なんて、他に考えられない。
「シゲちゃん、ヤンキーになったんだ」
と、半ば興奮しながら想像を巡らせた。
けれどなんだか怖くて、見に行く勇気はなかった。
店に残った山田のオババたちがヒソヒソ話し始める。
「シゲちゃん、最近ちょっと不良になったからねぇ」
「そいやぁ、こないだ髪もキンキラキンになっとったわ」
「ええ子なんやけどねぇ。」
などとヒソヒソ言ってるのを、聞き耳を立てていた。
しばらくして戻ってきた野田のおばちゃんは、またコーヒーを頼んだ。
「そんなことより、シゲちゃんは大丈夫?」とママ。
「あの子、シンナー吸って暴れたんだって。
ほんと困るわー、優しい子なのに、気が弱いから悪い友達に流されちゃうんだよねぇ。
今、お父ちゃんが警察に迎えに行っとる。」
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おばちゃんは、そんなことを言いながらタバコに火をつけた。
「おばちゃん、ここでコーヒーを飲んでいて本当に大丈夫なんだろうか」と律子は少し不思議に思った。
ママは黙ってコーヒーを出すと、
「あ、ママ、さっきお金払わずに出ていっちゃったから、チケット2枚きっといてなー」
律子は、ほっとした。
「あ、ちゃんとコーヒー代のこと覚えてた!よかった!」
うちが損をするのは絶対に許せなかったから、おばちゃんがお金も払わずに出ていったことがずっと気になっていたのだ。
それからしばらくの間、シゲちゃんの噂話はリリーの「おかず」になった。
心配するフリをしながら、大人たちのワクワクした本音が漏れ出しているのを、律子は感じ取っていた。
律子もそんな空気に乗っかり、かっこよかったシゲちゃんの変わり様を、心の中で冷ややかに見ていた。
「優しい子だから流されるって、結局バカってことだよね」
心の中でそう思う律子は、
「自分は違う、シゲちゃんみたいにはならないぞ」
と、得意気だった。
でも、その時はまだ気づいていなかった。
悪口や噂話がいつの間にか律子の日常になり、それが自分の一部になっていることを。
人のことを笑いながら、自分もその輪にどっぷり浸かっている律子だった。
シゲちゃんちのおじちゃん、おばちゃんのはなし↓
近所の社長の大巻さんの話↓
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