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Let's 火柱リモートクッキング/ 純喫茶リリー#43
律子の土曜日は、半日授業で終わる学校から帰ると、ちょうどテレビでは吉本新喜劇が始まる時間だった。
律子は台所に向かい、いつもの戸棚を開けて、家に常備されている菓子パンを引っ張り出す。
それを片手にテレビの前に座り、新喜劇を見ながら食べるのが毎週のルーティンだった。
でも、その日は違った。
なぜか『甘いのは飽きた、しょっぱいものが食べたい』という気分が急に押し寄せてきた。
「目玉焼きだったら、作れるかもしれない」
そう思いついた。
リリーのカウンター越しに、ママが料理してるのをいつも見てた律子は、なんとなく自分もできる気がしていた。
料理が得意なはずだって思っていた。
でも、考えてみれば、実際に料理をしたことはなかったし、教わったこともない。ほんとに、ただ見てただけだった。
それでも、どうしても目玉焼きが食べたくなった。
冷蔵庫を開けると、卵があった。
よし、これでいける。
いつもママが使ってるフライパンを取り出して、ふと動きが止まる。
「ん? あれ、ここからどうすんだ?」
火をつける?先に油?卵を割る?
あれ?順番がさっぱりわからない。
思わず、家の黒電話に走った。
電話帳を引っ張り出し、リリーの番号をジーコジーコと回した。
しばらくして、ママの声が聞こえると律子はいきなり聞いた。
「ねぇ、目玉焼きってどうやって作るの?」
ママは電話の向こうで少し考えてから答えた。
「フライパンを火にかけて、すこーし煙が出るくらい熱くなったら油を少し入れる。それから卵を割って、水をちょっとかけて蓋をするだけ」
「わかった!」
律子は「簡単じゃん!」と自信たっぷりに電話を切った。
もちろんメモを取るなんてことは思いつきもしない。
台所に行って、鉄のフライパンを火にかける。
しかし、「すこし煙がでるくらい熱くなる」の加減がわからない。
そうこうしているうちに、強火で熱せられたフライパンはどんどん熱くなり、黒い表面が銀色に変わり、煙がもくもく出てくる。
「よし!熱くなった!」
と思いつつも、
ママの説明が思い出せない。
油だっけ? 水だっけ? 卵?
「たぶん、水だよね?」
コップに水を少しだけ注ぎ、勢いよくぴゃっとフライパンに放り込んだ。
水は、一瞬でじゅっと音を立てて湯気になった。
「次は油だ!」
あ、油はどこっだっけ?
油を探して戸棚を開け、あちこち探してようやく見つけた。
その間、強火のままコンロの上にいるフライパン。
ようやく油を見つけて、慌てて油を注いだ。
その瞬間、
ボッ!
「ひぃっ!」
火柱が上がった。
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律子は、炎のあまりの勢いに後ずさりして、ひっくり返りそうになった。
やばいやばい!
慌ててフライパンを持ち、隣の汚れたお皿が浸かっている洗い桶に沈めた。フライパンがジューっと音を立て、火が消えた。
心臓がドキドキして、しばらく固まっていた。
「危なかったぁ。」
ホッとしたのもつかの間、やっぱりどうしても目玉焼きが食べい律子。
「よし、もう1回やってみよう!」
めげない子、律子。
たくましい子、律子。
二度目の挑戦。
今度は最初から油もキッチンに出ているからモタモタせずにできるはず。
またもや強火で煙が上がるフライパンに、今度は先に油を注いでから水を注いだ。
またもや火柱が上がった。
「だめだ!」
フライパンを洗い桶に再び投げ込んだ。
怖い、怖い。火傷しなくてよかった。
結局、律子は目玉焼き作りを諦めた。
数年後、律子は授業で「火に油を注ぐ」という言葉や、「水と油の性質」について知ることとなる。
その時、ふと、あの土曜日のことを思い出すのだった。
あの時の律子は、比喩ではなく、まさに火に油を注いでたのだ。
あぁ、思い出すだけで恐ろしい。
「火に油なんて……さらに、水まで足したんだっけ」
律子はゾッとした。
むしろ今ここにこうして生きていること自体が、不思議なくらいだ。
でも、それ以上に不思議なのはママだ。
火や油のこともよくわかってない子供に電話だけで料理を教えるなんて。
「律子ならできる」と信じていたのか、それとも――。
律子は、火事よりママの方が怖い気がした。
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