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『何も持たず存在するということ』/読書感想文(2022上半期5冊その2)

2022年上半期に読んだ本の中で、
あらゆる人に薦められるかはちょっと分からないけど、好きだった本について、5冊選んだので書いていきます。

 ※こちらはメンバーシップ【cafe de 読書】に参加されている方が全文お読み頂けます。メンバーシップに入っていなくても途中までお読み頂けます。

1冊目はこちらです。


今日は2冊目。
角田光代『何も持たず存在するということ』。エッセイです。

なんだか仰々しいタイトルです。
それゆえ、あまり手に取られて無いのではないか…と心配になっちゃうほどです。でも書かれているのは、私を含む、noterの皆さんにとっても近しいこと


角田さんがあとがきで、

ここ十年ほど、私が身近にあると思ったものを書き連ねたのがこの本である。

角田光代『何も持たず存在するということ』

と書いています。


前半は、食べること、スポーツやアートや写真を楽しむこと。そういう生活に近い部分を中心に書かれています。

と言っても、日常を日記のように書いているというよりは、一つ一つエピソードに対して、深いところまで掘り下げている。
大事な遺跡が土の下に眠っているのを知っているように、ゆっくり丁寧に掘り進めていくその筆致が、とても好きです。


後半は、作家である角田さんにとって一番身近な、書くこと、読むことについて、
特に沢山の視点から書かれています。

賞を受賞した時の描写に泣いてしまったり、
落選した時の心の動きは、私だと絶対思いつかない表現で書かれているのですが、自分も企画応募して落ちた時の気持ちを表わしてくれているなぁと、うなずいてしまいます。
そして、筆者の書くこと、読むことの歴史、それからそれらをどう捉えているかということ…

一冊の中にこんなに、凝縮されていていいのかしらと思うくらい筆者の芯に触れるような濃い内容です。それでいて、適度に軽い内容も挟まれていて、重すぎない。不思議な本です。

書いたり読んだりするnoteの方にとっては、筆者の体験が、
自分にも覚えがあったり、
自分の意見とはちょっと違うなどと、
考えてみるきっかけにもなるのかなと思います。



何度も読み返したいエピソードがたくさんあるのですが、ここでは3つだけ紹介します。

1.“待つということ”より

角田さんは、駅でアジア人の女性に電車の行き先を聞かれ、「3本後の電車に乗って」と説明してあげます。その後女性を残し、自分が乗る予定だった電車に乗りました。

角田さんは電車の中で、不安げな女性と一緒に電車を待ってあげなかったことを悔います。
そして、過去に旅先でバイクタクシーの運転手に、
バスの行き先を訪ねたことを思い出します。

バイクタクシーの運転手の振る舞いと、角田さんの締めくくりの言葉が響きます。

不安げな顔の女性をホームに残したまま地下鉄に乗った私は、そのときのことを思い出していた。いつになったら私は、バイクタクシーの彼ほど大人になれるのか。人のために時間を差し出せる。それを当然だと思える、本当の大人になれるのか。年齢ばかり重ねた私は、未だ子どものようにあくせくしている。早くしなさいと叱られる子供のように。そのことが少し、恥ずかしかった。

角田光代『何も持たず存在するということ』
“待つということ”より

自分に照らしてみると、私は仕事を辞めて、時間が沢山あるはずなのに、それでもなかなか人に時間を差し出せないなぁと思い当たります。子どもには早く!と叱りがちだし、他人になんてもっと不寛容だと思います。
やれ搾取だ!効率だ!という言葉が飛び交う世の中で、毎日焦りながら、自分に与えられた時間をかき集めてしまいます。

けれど、このエッセイを読んで、時間を差し出せる大人は、幸福な人なのではないかと思い直しました。
角田さんが見た、タイの鮮やかな風景とバイクタクシーの男性の言動が、そう思わせてくれたのでした。


2.”ボクシング観戦”より

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