変えていいものと変えてはいけないもの。「松月堂」が誠実に向き合う伝統の味と新たなチャレンジ【松月堂Vol.02】
「お菓子は、ココロを満たすもの」。
栄光堂グループが掲げているコーポレートスローガンです。お客さまのココロを満たすための選択肢は、一つでも多い方が良い。そう考える栄光堂グループは、後継がいない和菓子屋さんや経営が難しくなった洋菓子屋さんをグループに迎え、お菓子文化と美味しさの継承のため共に歩み続けています。
2022年に栄光堂グループの一員となってからも、100年以上受け継がれた昔ながらの素朴な味を大切に継承している松月堂は、新商品や今の時代に合った、お客さまが満足される美味しさへのチャレンジも。
今回は、商品開発を担当する山口勉工場長と吉村麻耶取締役に、松月堂のものづくりについて話を聞きました。
松月堂Vol.01はこちら
先輩の背中を見て覚えていった職人技
―工場長が松月堂に入られたのはいつですか?
山口勉工場長(以下、工場長):高校を卒業してすぐです。もう約40年前のことになりますね。
―どうやって松月堂の味を学んだのでしょう。
工場長:最初はほとんど教えてもらえませんでした。当時はいわゆる「見て盗め」、という時代だった。砂糖が何gとか一応のレシピはありますが、材料の混ぜ方や火加減の調整は見て覚えていくんです。どのくらい煮詰まったらとか、泡の状態がどうなったらとかのタイミングを自分で予測を付けました。それから見よう見まねで、自分でつくって試しながら覚えていきました。何回も失敗しましたが、見ているだけではわからない部分は、自分でやって初めてわかって次の段階に進めるんです。
-代々受け継がれているレシピなどあるのでしょうか。
工場長:明治の創業当時から伝わる筆で書かれた帳面はありますが、私は見せてもらったことはありません。何しろ「見て覚えろ」の時代ですから、自分自身でノートに書き溜めていきました。今でも見返すことがありますよ。
思いを形に!自分が美味しいと感じるお菓子を
―新商品の開発はどんな事を大切にしていますか?
吉村麻耶さん(以下、麻耶):松月堂では、「こういうのをつくってください」と依頼されてつくることはありません。私自身がこんなお菓子があったら面白いな、食べたいなと思ったものを形にしています。他所のお店の和菓子を見たり食べたりして刺激を受けることも多いです。「こういうやり方があるのか」とか、「うちだったらこんな風につくれるな」とか、考えています。
―新商品はどのようにつくっていくのですか?
工場長:新商品づくりは麻耶さんと二人三脚です。私は新しいことは考えられませんが、自分がやってきた経験の引き出しを開けて、アイデアと掛け合わせていくことはできる。麻耶さんがアイデアを出してくれるので、それを元に形にしていけるんです。ただ、できないことはできないと伝えます。
麻耶:工場長は私が2歳のときから店にいるので、味の共通認識があるんです。私は父と同じで「こういう商品がつくりたい」と、頭の中にコンセプトができ上がってしまうんですが、すぐにイメージが伝わってやりたいこともわかってくれる。
―『阿吽の呼吸』で商品開発ができるのですね。これまでどんな商品をつくられたのですか?
麻耶:例えば、『極栗(きわみぐり)』という栗きんとんをせんべいにした商品です。ほっくりとした栗きんとんとは別物で、濃厚で香ばしく固いお菓子ですが、かみしめていくと栗きんとんの味わいが出てきます。
―どのようにできたのか教えてください。
麻耶:栗きんとんをつくるとき、釜底にできる「おこげ」がヒントでした。しかし、ただ栗きんとんを焼いても、その味にはならないんです。つなぎを入れていないので、すぐ食べないと湿気てしまいますし、量もできないし手間がかかる。それでも、おこげの美味しさを再現しようと試行錯誤しました。添加物は一切なしのシンプルなお菓子なので、アレルギーを持ったお子さまのいるご家庭から特に支持していただきました。
―うまくいかなかったアイデアはありますか?
麻耶:もう、ボツだらけです(笑)。イメージ通りに行かずに色が変だとか、こだわりすぎて賞味期限が劇的に短いとか、失敗はたくさんあります。添加物を使わないでつくろうとすると、商品化するのはなかなか難しいものも多いです。でも、つくりたいものがいっぱいあるし、アイデアの卵はたくさんあります。
伝統を守りつつ今にあった味に
―あんこは工場長が一人でつくられていると聞きました。
工場長:大量生産をしようと人数を増やせば量はつくれます。しかし、仕上がる味わいにバラつきが出て質が保てないんです。
―なぜ味わいが変わってしまうのでしょうか。
工場長:同じレシピでも、材料を入れるタイミングや火加減などの違いで味わいは変わります。職人それぞれどうしても自分の良いと思うタイミングが違うので、一緒にはなりません。固さや小豆粒の残り具合、味の濃さなど、すべて違うのです。
―松月堂の味を守るために大切にしている事を教えてください。
工場長:まず、材料は本物にこだわることが大前提です。百貨店に商品を出すということは、それなりのクオリティが求められます。その上で昔からのやり方は変えずに、今に合った味にアップデートすることを心掛けています。
―今に合った味とは?
麻耶:お客さまのご意見がヒントになります。味が少しでも違うと、すぐに厳しいご意見をいただきます。そういったご意見は、包み隠さず工場長にも伝えているんです。ご意見をいただくということは、求めている味と違うということ。貴重な声ですから、商品づくりに反映しようとしています。
―お客さまの声を誠実に受け止めていらっしゃるのですね。
工場長:昔の職人なら、変えないことへのこだわりがあるのでそこまでしないでしょう。でも私は、変えていいものと変えてはいけないものがあると考えています。お客さまからのお声は励みにもなります。40代のころ、お客さまからハガキをいただきました。「すごく美味しかった」と書かれていて、とてもうれしかった。これからもお客さまが求めている、本当に美味しいお菓子をつくっていきたいと思います。
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Vol.3に続きます。
取材・編集協力:株式会社UP SPICE(https://www.up-spice.co.jp/)