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パブロフの犬である私




オットと付き合っていた時、それはもう激務な部署で働いていた。


定時は午前8時30分から午後5時15分なのに、打ち合わせが午後7時から開始されるという、働き方改革そっちのけの忙しさ。

この夜の会議には、部署内の人間はもちろん、その事業に関わる市民の方たちも参加していたため、みんなが仕事を終えて集まるには、早くてもこの時間だった。

会議が白熱すれば、多めに見積もって1時間半の予定だった会議が2時間を過ぎ、そこからコロナ禍では当たり前だった机や椅子の消毒などがあり、帰宅時間は午後10時をまわることが多かった。



私は、睡眠時間をたっぷり確保して体力や集中力の回復をするタイプの人間なので、だんだん睡眠時間が削られていくと、疲れや眠気が蓄積されていく。
土日くらいはぐっすり寝たいが、彼とのデートも外せない。




疲れた身体を放置してデートを全力で楽しむとどうなるか。





デートの途中で眠くなるのである。


彼といることで得られる安心感たるや。

リラックスしすぎて、もはや眠たくなってくる。助手席に座ればあくびが出始め、景色をぼけーっと見ていると、あっという間に微睡んでしまうのである。

そんな私を彼はイラつくことなく、にこにこして見守っていた。
「眠そっ」となんだか楽しそうな声で。



せっかくのデートなのに寝るわけにはいかない。

運転してもらっているのに、助手席でぐーすかぴーと眠るなんて、失礼にもほどがある。



それでも人間の本能には抗えないもので、本当に疲れているときは、たとえデート中であっても眠ってしまった。


誤解しないでいただきたいのは、すぐにスヤァと寝たわけではなく、きちんと睡魔と戦って負けたのである。

目を必死でこすり、うんうんと唸り、飲み物を口に含んで気分転換をし、「眠くないよぉ」と自分に言い聞かせて暗示をかける。



睡魔と白熱したバトルを繰り広げている間、彼は若干笑いながら私の雄姿を観戦している。

ところが彼は、私の対戦相手である睡魔と裏で手を組んでいるのか、「寝てもいいんだよ」と悪魔のような囁きをしてくるのである。


そんなことを言われてしまうと、瞼はだんだん重くなり、睡魔に負けそうになる。

私を応援してくれる人は誰もいないのだ。
ファンの声援があれば、まだ頑張れたかもしれないものの、アウェーで戦っている気分である。



極めつけは、彼が微笑みながらゆっくりと頭を撫でてくるのである。
そして、「おっやっすみ~」とひそひそと言われたら、私は睡魔に白旗を振り、次なる眠りの森ステージへ進むのであった。




こんなことが1回ではなく、何回かあった。


毎回、睡魔に負ける直前、彼に頭を撫でられる。もはや、極めつけの攻撃となった。


しかも、毎回彼はにこにこと微笑みながら眠らせてくるので、私の中で、「彼に頭を撫でられたら、眠ってもいい」という法則が生まれてしまった。


かのパブロフが実験で、犬にブザー音を聴かせてから餌を出すようにすると、犬はブザー音を聴いただけでよだれが出てくるようになったという条件反射を見つけ出したあの感じ。

「パブロフの犬」はこんな私にも通用するようである。




今では担当業務が変わったため、激務からは逃れることができたものの、眠る前にオットが頭を撫でる行為は、当時と何ら変わらない。

撫でられた瞬間、「眠くなっちゃうよ」と言うようになったのだが、これがまたプラシーボ効果なのか、パブロフの犬状態が継続しているのか、今でもすぐに眠くなってしまうのである。


「頭を撫でられたら眠くなっちゃうの、面白すぎない?」とオットには笑われるが、このパブロフの犬的法則を生み出したのはそもそも彼なのだ。


オットより先に私が眠くなれば、今日も今日とて私は頭を撫でられて、安心しながら眠りにつく。

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