まいにち易経_1107【 危機感をもつ:困難に立ち向かうリーダーシップの真髄】それ亡びなんそれ亡びなんとて、苞桑に繋る。[12䷋天地否:九五]
九五。休否。大人吉。其亡其亡。繋于苞桑。 象曰。大人之吉位正當也。
休とは休息を意味し、「否を休す」とは悪い運気を一時的に止めることを指す。「苞桑」の「苞」は木が密集している状態を表し、苞桑は桑の根がこぶのように成長したものを意味する。これにより、悪い運気を一時的に止めることができ、経営者にとっては良い兆しとなる。しかし、これは悪い運気が完全に終わったわけではなく、転換前の一時的な休息に過ぎない。気を緩めると再び悪い運気に陥る可能性がある。
混乱した状況はビジネス上のトラブルであり、問題が一時的に収束しても油断は禁物だ。悪意ある競争相手や内部の不協和音が再び表面化し、困難に陥ることもある。事態が完全に解決するまでは安心せず、この時期には楽観的な考えを捨て、「最悪の事態も想定しておく」というリスク管理を徹底し、深く警戒することが重要だ。桑の根が地中深く張っているように、行動をしっかりと固める必要がある。
「其れ亡びなん、其れ亡びなんとて、苞桑に繋れり。」という辞には、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を連想させる響きがある。この物語で、お釈迦様は極楽の蓮池を歩いている途中、地獄で苦しむ罪人たちの中に、かつて一度だけ善行を行った極悪人・カンダタを見つける。生涯で唯一、蜘蛛を助けたことがあったカンダタの行いを思い出したお釈迦様は、彼のもとへ細い蜘蛛の糸を垂らす。カンダタはその糸にしがみついて必死に登り始めるが、ふと下を見下ろすと、自分を追うようにして他の罪人たちも糸にぶら下がり、上を目指しているのを見つける。
このシーンは、一見すると救済が望めないような絶望の中にも、かすかな希望が存在することを示している。危機と一口にいうが、危・機は共に幾に通ずる。チャンスがあることです。
ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る
まず、『天地否:九五』では、常に危機感を持つことの重要性が説かれています。天下無法の乱世が訪れるのは、人々の過ちによるものです。つまり、人災であることが多いのです。混乱が収まりかけたとしても、油断してはいけません。再び小人(ここでは利己的で短絡的な人々)がはびこると、またたく間に困難に陥る可能性があるからです。
易経では、「苞桑」という言葉が出てきます。これは桑の木のことを指します。桑の木は、一見すると頼りないように見えるかもしれませんが、その根は地中深くまでしっかりと張っています。このように、表面上は危うく見えても、しっかりとした根を持つことが大切なのです。これは、私たちが困難な状況に直面した時にも同じことが言えます。表面的には混乱や困難に見舞われていても、しっかりとした信念や基盤を持っていれば、それに耐えることができるのです。この桑の木のように、私たちも表面的な安定に惑わされず、深い根を張るように準備をしておく必要があるのです。
具体的に言えば、次のようなことが大切だと考えられます:
常に情報を収集し、状況を把握する習慣をつけること。
最悪の事態を想定し、それに対する対策を立てておくこと。
周りの人々との信頼関係を築き、いざという時に協力し合える態勢を整えること。
自己研鑽を怠らず、どんな状況にも対応できる能力を磨くこと。
これらは、一朝一夕にできることではありません。日々の積み重ねが重要です。
桑の木は、古来から日本でも大切にされてきました。養蚕に使われるだけでなく、その葉は健康食品としても注目されています。実は桑の葉には血糖値を下げる効果があるそうです。このように、一見何の変哲もない木でも、実は私たちの健康に役立つ大切な存在だったりするのです。これは人間社会でも同じことが言えるでしょう。普段は目立たない人でも、いざという時に重要な役割を果たすことがあります。リーダーとして大切なのは、そういった一人一人の価値を見出し、適材適所で力を発揮してもらうことです。
さて、ここで皆さんに考えていただきたいことがあります。今、自分の周りでどんな「危機」が潜んでいるでしょうか?それは必ずしも大きな災害や経済危機のような目に見えるものだけではありません。例えば、チームの中での小さな不和や、自分自身の成長が止まっていることなども、将来的には大きな問題につながる可能性があります。
そういった小さな兆候を見逃さず、常に危機感を持って対処することが、真のリーダーシップなのです。ただし、ここで注意しなければならないのは、過度に悲観的になったり、疑心暗鬼になったりすることではありません。健全な危機感とは、前向きに問題解決に取り組む態度を指します。
例えば、スポーツの世界を見てみましょう。優勝したチームが翌年急に成績を落とすことがよくあります。これは、勝利に慢心して、危機感を失ってしまったからかもしれません。一方で、常に上位にいるチームは、勝っている時でも次の試合、次のシーズンへの準備を怠りません。これこそが、易経が教える「危機感を持ち続ける」ことの実践と言えるでしょう。
また、ビジネスの世界でも同じことが言えます。かつて世界を席巻した企業が、技術革新についていけずに衰退してしまった例は枚挙にいとまがありません。一方で、常に新しいことにチャレンジし、自社の強みを磨き続ける企業は、長く成功を維持しています。
このように、「危機感を持つ」ということは、決してネガティブなことではありません。むしろ、自分自身や組織をより良くするための原動力となるのです。
さて、ここまでお話ししてきて、皆さんの中には「常に危機感を持ち続けるのは疲れそうだ」と感じる方もいるかもしれません。確かに、それは大変なことかもしれません。しかし、それこそがリーダーとしての責任なのです。
ただし、これは決して一人で抱え込む必要はありません。むしろ、チーム全体で危機感を共有し、それぞれが自分の役割を果たすことが大切です。そうすることで、個人の負担も軽減されますし、組織全体の対応力も高まります。
最後に、皆さんにお伝えしたいことがあります。危機感を持つことは大切ですが、それと同時に希望を持つことも忘れないでください。どんな困難な状況でも、必ず解決策はあります。その解決策を見つけ出し、実行に移すのが、リーダーの役割なのです。
参考出典
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