まいにち易経_0830【欠けているからこそ輝く~惜福の工夫】
惜福とは、福を惜しんで使い尽くさないことを意味します。
これは、明治から昭和にかけて尾崎紅葉と並び称された幸田露伴の言葉です。露伴は慶応3年に生まれ、明治22年に作家としてデビューし、昭和12年には第1回文化勲章を受章しました。彼は昭和22年、80歳で亡くなりました。この稀代の小説家が著した『努力論』には、『惜福・分福・植福』という三つの幸福についての考えが述べられています。
「惜福とはどういうものかと言うと、福を使い尽くし取り尽くしてしまわぬことを言います。例えば、手元に百金を持っているとして、これを浪費して一文も残らないようなことは、惜福の工夫がない状態です」と幸田露伴は述べています。
また、「幸福に遇う人を観ると、多くは惜福の工夫がある人であり、然らざる人を観ると十の八・九まで少しも惜福の工夫のない人である」とも語っています。このように、惜福とは自分だけが福を使い尽くさないこと、自分や自分の身内だけが利益を得る道を選ばないことを意味します。
惜福を別の表現で言うならば、「陰を生じさせる」「少し不足する」「ちょっと損する」「譲る」「幸いをあとに残す」など、意図的に不足の部分を作り出す工夫が求められます。
では、なぜこの工夫が必要なのでしょうか?それは易経の教えに関連しています。易経には「窮まれば変ず、変ずれば通ず、通ずれば久し」とあります。これは、満ちたものは必ず欠け、欠けたものは必ず満ちるという自然の摂理を示しています。満月が新月へと変わるように、自然の環境や人間社会の出来事も栄枯盛衰を繰り返します。したがって、すべての福を使い果たしてしまうと、必ず反転が起こるという原理・原則が存在するのです。
このため、窮まらせないためにも、意図的に不足の部分を作り出す工夫、陰の徳を活かす「陰徳」が必要となります。相続が争族にならないためにも、相続に関わる者として心に刻んでおくべき教えではないでしょうか。
ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る
私たちの人生は、まるで月の満ち欠けのようなものです。でも、この満ち欠けには深い意味があるのです。
皆さんは、「惜福」という言葉をご存知でしょうか? これは、幸田露伴という明治時代の文豪が残した言葉です。「福を惜しむ」と書きますが、その意味は単純に「幸せを大切にする」というだけではありません。
露伴は、満月はよくないと言いました。なぜでしょうか? 私たちは常に、何かが欠けていると感じると、それを埋めようとします。そして、全てが満たされた状態、つまり「満月」のような状態を理想だと考えがちです。でも、自然の摂理を見てみましょう。満月の後には必ず欠けていく時期が来ます。これは人生でも同じなのです。
ここで、私の経験からひとつお話しさせてください。私が若い頃、ある大きなプロジェクトで大成功を収めました。その時、私は有頂天になり、全ての栄光を一気に享受しようとしました。しかし、そのあとどうなったと思いますか? 予想通り、その後の仕事はうまくいかず、苦しい時期を過ごすことになったのです。
ここで露伴の教えが生きてきます。「惜福の工夫」とは、与えられた幸せや成功を全て使い切らないことです。少し控えめに楽しみ、残りは他の人々に分け与えたり、将来のために取っておくのです。
これは、お金の使い方にも通じる考え方です。給料をもらったら、全て使い切るのではなく、一部を貯金するようなものです。そうすることで、予期せぬ出費や将来の夢のために備えることができますよね。
また、知識や技能の習得においても同じことが言えます。例えば、皆さんが新しい言語を学んだとします。その言語を完璧にマスターしたと思った瞬間、もはや学ぶことはないと思ってしまうかもしれません。しかし、そこで学びを止めてしまうのではなく、常に新しい表現や文化的背景を学び続ける姿勢を持つことが大切です。そうすることで、その言語の理解はさらに深まり、より豊かなコミュニケーションが可能になるのです。
「惜福の工夫」は、ビジネスの世界でも非常に重要です。例えば、ある製品が大ヒットしたとします。その時、全ての利益を使い切るのではなく、次の製品開発のために投資したり、従業員の福利厚生に充てたりすることで、会社の持続的な成長が可能になります。
自然界を見渡しても、この原理は至る所に見られます。例えば、リスは冬に備えて木の実を貯蔵します。全て食べてしまうのではなく、将来のために取っておくのです。植物も同じで、種子に栄養を蓄えることで、次の世代の成長を保証しています。
人間関係においても、この考え方は有効です。友人との関係を考えてみましょう。常に自分の気持ちや考えを全て吐露してしまうのではなく、時には相手の話を聞く余裕を持つことで、より深い信頼関係を築くことができます。
リーダーシップにおいても、「惜福の工夫」は重要です。全ての決定権を握るのではなく、時には部下に権限を委譲することで、組織全体の成長につながります。また、成功した時に全ての功績を自分のものにするのではなく、チームメンバーに還元することで、より強固なチームワークが生まれるでしょう。
ここで、私の失敗談をもう一つお話しします。若い頃、私は自分の能力を過信し、全ての仕事を一人で抱え込もうとしました。結果、燃え尽き症候群に陥り、長期間仕事から離れることになってしまいました。もし、その時「惜福の工夫」の考え方を知っていれば、仕事を適切に分担し、自分の時間と能力を大切に使うことができたはずです。
「惜福の工夫」は、単に謙虚であれということではありません。むしろ、長期的な視点を持ち、持続可能な成功を目指すための智恵なのです。満月のように完璧を目指すのではなく、常に成長の余地を残すことで、私たちは継続的に前進し続けることができるのです。
この考え方は、日本の伝統的な美意識にも通じるものがあります。例えば、華道では、花を生ける時に必ず空間を残します。これは「余白の美」と呼ばれ、見る人の想像力を刺激し、より深い美しさを感じさせるのです。私たちの人生も同じで、全てを埋め尽くすのではなく、少しの「余白」を残すことで、より豊かなものになるのです。
最後に、皆さんにお伝えしたいのは、「惜福の工夫」は決して消極的な態度ではないということです。むしろ、与えられた幸せや成功を最大限に活用するための積極的な姿勢なのです。自分の中に余裕を持つことで、周りの人々にも良い影響を与えることができます。そして、それが巡り巡って、さらなる幸せや成功となって自分に返ってくるのです。
皆さんがこれから歩む人生の道のりで、様々な成功や幸せが訪れることでしょう。その時、ぜひこの「惜福の工夫」を思い出してください。全てを一度に使い切るのではなく、少しずつ味わい、周りの人々と分かち合い、そして将来のために取っておく。そうすることで、皆さんの人生はより豊かで、持続可能なものになるはずです。
「惜福の工夫」は、単なる古い言葉ではありません。それは、私たち人間が自然と調和しながら、幸せに生きていくための深遠な智恵なのです。この智恵を胸に、皆さんが素晴らしいリーダーとして成長されることを心から願っています。
参考出典
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