まいにち易経_1207【時の力に屈すべし:大転換期の運命】号ぶことなかれ。終に凶あり。[43䷪澤天夬 :上六]
上六。无號。終有凶。 象曰。无號之凶。終不可長也。
ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る
この『夬』という字、見慣れない方も多いのではないでしょうか。この字は「決壊する」という意味を持っています。ダムが決壊するように、一気に物事が崩れ去る様子を表しているのです。易経では、この『夬』の卦を「沢天夬」と呼びます。沢は沼や池、湖のような水がたまっているところ、天は空を表します。水たまりの水が空に向かって上がっていくイメージですね。これは、下にあったものが突如として上に立つ、つまり大きな変化や転換を表しているのです。
例えば、日本の幕末期。約260年続いた江戸幕府が崩壊し、明治新政府が誕生した時代です。まさに、この『夬』の卦が表す状況そのものだったのです。この卦が私たちに教えてくれる核心は、「時代の流れを見極め、適切に対応することの重要性」です。
皆さんは「カセットテープ」をご存じでしょうか?日本では1970年代~90年代は音楽を聴くならカセットテープが主流でした。しかし、1988年のCDの登場により、カセットテープ市場は急速に縮小していきました。この時、ある音楽機器メーカーの話を聞いたことがあります。そのメーカーは、カセットテープ事業で大きな利益を上げていました。しかし、経営陣は「いずれCDに取って代わられる」と予測し、早い段階でCD事業への転換を決断したそうです。社内では反対の声もあったそうですが、経営陣は「時代の流れに逆らっても良い結果は得られない」と説得を重ねました。結果、このメーカーは他社に先駆けてCD市場に参入し、大きな成功を収めることができたのです。
これは、まさに『夬』の卦が教える教訓を実践した例と言えるでしょう。時代の変化を察知し、勇気を持って決断する。それが、真のリーダーシップなのです。
私が経営者だった頃、1990年代後半からインターネットが急速に普及し始めた時期がありました。当時、多くの企業がインターネットの重要性を認識しつつも、既存のビジネスモデルを変えることに躊躇していました。しかし、私は「これは大きな転換期になる」と直感しました。そこで、会社の主力事業をインターネット関連に大きくシフトすることを決断したのです。
正直、不安もありました。社内からも「今までの事業を捨てるのか」という批判の声が上がりました。しかし、私は『夬』の教えを思い出し、こう考えたのです。「時代の流れに逆らえば、いずれ会社は衰退する。今こそ、勇気を持って変化すべきだ」と。
結果、その決断は正しかったと言えます。インターネット事業は急成長し、会社は新しい時代に適応することができました。もし、その時躊躇していたら、今頃は厳しい状況に置かれていたかもしれません。
この経験から、リーダーの役割は、時代の流れを読み、勇気を持って決断することだと。そして、その決断に対して責任を持つことの大切さを私は学びました。
『夬』の卦は、もう一つ重要なことを教えてくれます。
それは、「去る時を知ること」の重要性です。
易経の解説にもあるように、時代の流れによって「追われる」立場になった時、いくら助けを求めても救いは来ません。そんな時は、潔く身を引く勇気も必要なのです。これは、リーダーにとって最も難しい決断の一つかもしれません。しかし、組織や社会全体のために、自分の地位や権力を手放す勇気を持つこともまた、真のリーダーシップなのです。
歴史上の例を挙げてみましょう。
古代ローマの英雄、『ルキウス・クィンクティウス・キンキナトゥス』という人物をご存じでしょうか。彼は、国家の危機に際して独裁官(現代で言えば非常時の最高権力者)に任命されました。キンキナトゥスは見事に国を危機から救い出しました。しかし、彼は任務完了後、わずか15日で権力を返上し、農民としての生活に戻ったのです。これは当時としては驚くべき行動でした。この話は、権力に執着せず、適切な時期に身を引く勇気の重要性を教えてくれます。これもまた、『夬』の卦が示す教訓の一つと言えるでしょう。
さて、ここで少し視点を変えて、現代社会における「大転換期」について考えてみましょう。
私たちは今、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、ビッグデータなど、新しい技術が急速に発展する時代に生きています。これらの技術は、私たちの生活や仕事のあり方を大きく変えつつあります。まさに、『夬』の卦が示すような「大転換期」と言えるでしょう。このような時代において、リーダーに求められるものは何でしょうか。それは、変化を恐れず、むしろ積極的に受け入れるする姿勢ではないでしょうか。
例えば、AIの発展によって多くの仕事が自動化される可能性があります。これを脅威と捉えるのではなく、人間にしかできない創造的な仕事に注力するチャンスと捉える。そんな前向きな姿勢が、これからのリーダーには求められるのです。
興味深い研究結果があります。
マッキンゼー・グローバル・インスティテュートの調査によると、2030年までに世界の労働者の最大800万人が、技術変化により現在の仕事から転職を余儀なくされる可能性があるそうです。
これは一見、恐ろしい予測に思えるかもしれません。しかし、同時に新しい仕事も生まれるのです。むしろ、変化に適応できる人材こそが求められる時代になると言えるでしょう。
皆さんには、このような大きな変化の波を恐れずにむしろチャンスと捉えてほしいと思います。そして、自分自身だけでなく、周りの人々もその変化に適応できるよう導いていく。それこそが、これからの時代に求められるリーダーシップなのです。
最後に、皆さんにお伝えしたいことがあります。
人生には、様々な転換期があります。個人のレベルでも、組織のレベルでも、そして社会全体のレベルでも。その転換期を乗り越えられるかどうかが、あなたの真価を問うているのです。
『夬』の卦が教えてくれるように、時代の流れを見極め、適切に対応することが重要です。変化を恐れず、むしろそれを成長の機会として捉えてください。同時に、自分の力の限界を知り、適切な時期に身を引く勇気も持ってください。それもまた、大きな智恵なのです。
リーダーとしての道は決して平坦ではありません。しかし、困難に直面した時こそ、自分を成長させるチャンスだと考えてください。そして、周りの人々と協力し、共に成長していく。そんなリーダーになってほしいと思います。
参考出典
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