まいにち易経_1203【勝者の盲点: 退く勇気の真価】亢の言たる、進むを知って退くを知らず、存するを知って亡ぶるを知らず、得るを知って喪うを知らざるなり。[01䷀乾為天/文言伝:第六節(倫理)上九]
亢之爲言也、知進而不知退、知存而不知亡、知得而不知喪。其唯聖人乎。知進退存亡、而不失其正者、其唯聖人乎。
上九の「亢龍」は、過度に高く昇る龍を意味している。「亢」という言葉には、ただ前進することだけを知り、退却を知らない、成功を追い求める一方で、その先にある危険や失敗の可能性に気づかないという意味が含まれている。要するに、物事の極端さがもたらす危険性を理解し、後悔しないのは、聖人のような知恵を持つ者だけだということだ。
「亢」という状態は、あまりにも高く昇りすぎることを指し、上九の段階では、進むことばかりに囚われ、退くことを知らない様子を表している。これは、自分の地位を守ることにのみ意識が向き、そこからの転落や失敗に対する認識が欠けている状態だと言える。また、何かを得ることに執着し、その過程で失うリスクを軽視することも示唆している。このような行動を慎み、進むべき時と退くべき時を見極め、自分の地位や利益を守りつつも、その裏にあるリスクも理解しているのは、聖人のように悟った者だけだろう。
ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る
「亢」という言葉、聞いたことがありますか?この字は「のぼる」「あがる」という意味を持っています。一見、良いイメージに思えるかもしれません。しかし、易経ではこの「亢」を、驕り高ぶったリーダーの喩えとして使っているのです。
具体的に言えば、「亢」の状態とは、前進することばかりに目を向け、後退することを知らないリーダーの姿を表しています。まるで、坂道をひたすら上り続ける自動車のようなものでしょう。エンジンを全開にして上り続けていれば、いつかは燃料切れを起こしてしまいます。
ビジネスの世界でも同じことが言えます。常に成長し、繁栄し続けると思い込んでいる経営者がいます。しかし、経済には必ず上昇期と下降期があります。これは自然の摂理と同じです。春夏秋冬のサイクルがあるように、ビジネスにも盛衰のサイクルがあるのです。
私が若い頃、ある先輩から面白い話を聞いたことがあります。「商売は呼吸と同じだ」と。つまり、吸う(儲ける)だけでなく、吐く(投資する、還元する)ことも大切だということです。呼吸ができなくなれば生命活動が止まってしまうように、ビジネスも「儲けるだけ」では長続きしないのです。
「亢」の状態にあるリーダーは、利益を得ることばかりに目が行き、失うことを恐れません。まるで、大食漢が胃袋の限界を知らずに食べ続けるようなものです。しかし、私たちの体には適量というものがあります。それを超えれば、健康を害することになります。ビジネスも同じで、適度な利益と適度な還元のバランスが重要なのです。
ここで皆さんに質問です。なぜ優秀な人ほど、この「亢」の状態に陥りやすいと思いますか?
それは、成功体験が多いからです。常に賞賛され、評価され続けると、自分の判断に絶対的な自信を持つようになります。そして、その自信が過信となり、危機管理能力を失わせてしまうのです。
例えば、チェスの世界チャンピオンを想像してみてください。何年も無敗で君臨し続けた彼が、突然の敗北にどう対応するでしょうか?おそらく、その衝撃は計り知れないものでしょう。なぜなら、彼は負けることを想定していなかったからです。ビジネスの世界でも同じことが言えます。長年トップを走り続けた企業が、突然の市場変化に対応できず衰退していく例は数多くあります。かつて写真フィルムの王者だったコダック社が、デジタルカメラの台頭に対応できずに破綻したのは有名な話です。
では、この「亢」の状態を避けるにはどうすればよいのでしょうか?
その答えは、「退く勇気」を持つことです。これは、単に負けを認めるということではありません。むしろ、自分の位置を客観的に見極め、必要であれば一歩引いて全体を見渡す勇気を持つということです。
軍事戦略でいう「退却」は、決して負けを意味しません。むしろ、より有利な態勢を整えるための戦略的な動きなのです。ビジネスでも同じことが言えます。時には事業の縮小や撤退を決断することが、長期的な成功につながることがあるのです。
また、「省みる」ことも非常に重要です。自分の行動や決断を振り返り、評価することは、成長のための必須プロセスです。しかし、「亢」の状態にあるリーダーは、この「省みる」ことを嫌がります。なぜでしょうか?
それは、自分自身や物事を客観的に見ることができなくなっているからです。まるで、鏡を見ることを恐れる人のようです。自分の姿を直視できないのは、どこかで自分に自信がないからかもしれません。
ここで、私の経験をお話ししましょう。私が社長を務めていた頃、会社は急成長を遂げていました。売上は右肩上がりで、社員の数も増え続けていました。私は自信に満ち溢れ、自分の判断は絶対に正しいと信じていました。
しかし、ある日、一人の若手社員が私のもとにやってきました。彼は震える声で、こう言ったのです。
「社長、このままでは会社が危ないと思います」と。
最初、私はその意見を一蹴しようとしました。しかし、彼の真剣な眼差しに、何か重要なことを見逃しているのではないかという不安が芽生えました。そこで初めて、私は会社の状況を客観的に見直すことにしたのです。
結果として、彼の指摘は正しかったのです。急成長の陰で、我々は品質管理や顧客サービスの面で多くの問題を抱えていました。もし、その時に彼の意見を聞かず、自分の判断だけを信じていたら、会社は大きな危機に直面していたかもしれません。
この経験から、私は「退く勇気」と「省みる姿勢」の重要性を学びました。時には一歩引いて全体を見渡し、自分の行動を振り返ることが、長期的な成功につながるのです。
皆さん、リーダーになるということは、常に前進し続けることではありません。時には立ち止まり、時には後退することも必要なのです。それは決して弱さの表れではなく、むしろ真の強さなのです。
「亢」の教えは、私たちに謙虚さと自省の重要性を教えてくれます。皆さんがこれからリーダーとして歩んでいく中で、この教えを心に留めておいてください。成功に酔いしれるのではなく、常に自分を客観視し、必要であれば「退く勇気」を持つこと。そして、自分の行動を「省みる」ことを忘れないでください。
参考出典
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