見出し画像

まいにち易経_1212【沈黙の美学:才能を秘めて生きる智慧】嚢を括る。咎もなく誉れもなし。[02䷁坤為地:六四]

六四。括嚢。无咎。无譽。 象曰、括嚢、无咎、愼不害也。

六四は、ふくろくくる。とがもなく、ほまれれもなし。 象に曰く、嚢を括る、咎なし、慎めば害あらざるなり。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

ふくろを括《くく》る」
これは、簡単に言えば、「自分の能力や才能を隠して、余計なことを言わないこと」を表しています。
皆さんは、きっと学校や会社で「自分の意見をはっきり言うことが大切だ」とか「積極的に能力をアピールしなさい」と教わってきたのではないでしょうか。確かに、そういった姿勢は多くの場面で重要です。でも、時と場合によっては、あえて自分を押し出さないほうが良いこともあるのです。

例えば、こんな状況を想像してみてください。新しいプロジェクトに配属されたばかりの若手社員がいるとします。周りは経験豊富な先輩ばかり。こういう時、いきなり自分の意見を押し付けたり、能力をアピールしたりするのは得策ではありません。まずは周りの様子をよく観察し、状況を理解することが大切です。これが「嚢括」の教えるところなのです。

さて、「嚢括」の教えは、決して消極的になれということではありません。むしろ、長期的な視点で自分の才能を育て、適切なタイミングを待つことの大切さを説いているのです。

人生は長いものです。今、皆さんは将来のリーダーとして期待されている新人かもしれません。でも、すぐに結果を出さなければいけないというプレッシャーは感じなくて大丈夫です。時には、周りから「あの人は大したことないな」と思われても、それを気にせず、静かに自分を磨く時期も必要なのです。

トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎は、最初は父の織機会社で働いていました。彼は自動車の開発に興味を持っていましたが、すぐには周囲の理解を得られませんでした。しかし、彼は黙々と研究を続け、やがてトヨタ自動車を設立するに至ったのです。これも「嚢括」の精神を体現した例といえるでしょう。

「嚢括」の教えは、特に困難な状況や、自分の意見が受け入れられにくい環境で重要になってきます。例えば、保守的な組織で新しいアイデアを提案したい時、いきなり大きな変革を求めるのではなく、まずは小さな改善から始めるのが賢明です。そうすることで、徐々に信頼を築き、やがて大きな変革を実現する基盤を作ることができるのです。

また、「嚢括」は自分を守る手段にもなります。例えば、政治的に不安定な状況や、組織内の権力闘争が激しい時期には、むやみに自分の立場を表明せず、状況が落ち着くまで静観するのも一つの戦略です。これは臆病さではなく、賢明な判断力の表れなのです。

ただし、注意しなければいけないのは、「嚢括」を行き過ぎた消極性や無気力と混同しないことです。自分の才能を隠すのは、あくまでも一時的な戦略であり、永遠に続けるべきものではありません。適切なタイミングが来たら、勇気を持って自分の能力を発揮する準備をしておく必要があります。

「嚢括」の精神は、東洋の智慧の中でも特に奥深いものの一つです。西洋の「沈黙は金」という格言にも通じるところがありますが、「嚢括」はより戦略的で、長期的な視点を持っています。

ここで、皆さんに考えていただきたいことがあります。自分の人生の中で、「嚢括」の精神を活かせそうな場面はないでしょうか? 例えば、新しい職場に入った時、転職を考えている時、あるいは大きなプロジェクトに参加する時など、様々な状況が考えられると思います。

「嚢括」の教えを実践する上で大切なのは、自己認識と状況判断の能力です。自分の能力を正確に把握し、周囲の状況を冷静に分析する力が必要になります。これは、リーダーにとって非常に重要なスキルです。

また、「嚢括」は謙虚さを養うのにも役立ちます。自分の才能を隠すことで、他人の意見をより真摯に聞く姿勢が身につきます。これは、将来リーダーになった時に、部下の意見を尊重し、多様な視点を取り入れる能力につながるでしょう。

最後に、「嚢括」の教えは、ストレス管理の面でも有効です。常に自分をアピールし続けることは、精神的にも肉体的にも大きな負担になります。時には自分の能力を隠し、静かに自己を見つめ直す時間を持つことで、より健全なメンタリティを保つことができるのです。

皆さん、「嚢括」の教えは、一見すると消極的に思えるかもしれません。しかし、実際には非常に深い智慧が込められています。時と場合に応じて自分の才能を隠し、適切なタイミングを待つ。そして、その間に自己を磨き、準備を整える。これこそが、真のリーダーシップの基礎となる考え方なのです。


参考出典

嚢を括る
ふくろくくる」とは、袋の口ひもを堅く閉じること。自分の才能を外に出さず、口を堅く閉ざして余計なことをいわなければ、名誉もなく、認められないが、酷い咎めも受けない。多言は禁物というわけである。
「嚢を括る」ことは、能力を出せば咎めを受けるような場合に、一時、身を保つ手段となる。長い人生では、世聞から無能扱いされても、人知れず為すべきことを為さなくてはならない時もある。

易経一日一言/竹村亞希子

#まいにち易経
#易経 #易学 #易占 #周易 #易 #本田濟 #易経一日一言 #竹村亞希子 #最近の学び #学び #私の学び直し #大人の学び #学び直し #四書五経 #中国古典 #安岡正篤 #人文学 #加藤大岳 #坤為地


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集