まいにち易経_0808【慎独のすすめ】夕べに惕若たり。厲けれども咎なし。[01䷀乾為天:九三]
九三。君子終日乾乾、夕惕若。厲无咎。
乾とは、繰り返し一生懸命努力すること。惕若とは、畏敬の念を持ち、慎み深く生きること。一日中、自己制御と努力を怠らず、夜にはその日の行動を振り返り、過ちがなかったかを詳細に反省することで、非難を避けることができる。
ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る
易経の「乾為天」九三の爻辞は、非常に示唆に富んだ内容になっています。
「日中はひたすら前向きに物事を推し進めるが、夜独りになった時には畏れ悩むほどに一日を省みる」というものです。これは一見、矛盾しているように思えるかもしれません。でも、実はこれこそが真のリーダーシップの本質を表しているのです。
私たちは日々、様々な課題に直面します。仕事では常に前を向いて、積極的に取り組まなければなりません。しかし、それと同時に自分自身を客観的に見つめ直す時間も必要なのです。これは、ちょうど船の航海に例えることができるでしょう。
船長は昼間、嵐の中でも前を向いて船を進めます。乗組員たちに的確な指示を出し、目的地に向かって進んでいきます。しかし夜、自室に戻った時には、その日の航海を振り返るのです。進路は正しかったか、もっと良い判断はなかったか、乗組員への対応は適切だったか……。このような内省の時間があるからこそ、翌日もまた良い航海ができるのです。
この考え方は、古代中国の思想家である孔子の教えにも通じるものがあります。孔子は「吾日三省吾身」と言いました。これは「私は毎日三度、自分自身を省みる」という意味です。具体的には、「人のために何かをしたか」「友人との約束を守ったか」「学んだことを復習したか」という三つの点について反省するのです。
歴史に名を残した偉大なリーダーたちも、自分自身を見つめ直すことの重要性を知っていました。例えば、アメリカの元大統領エイブラハム・リンカーンは、夜になると一人静かに日記を書き、自分の行動や決断を振り返る時間を大切にしていました。このような自己反省の習慣が、彼のリーダーシップを支えたのです。
このような自己反省の習慣は、実は現代の経営学でも重要視されています。例えば、ピーター・ドラッカーという経営学者は「フィードバック分析」という手法を提唱しました。これは、重要な決断をする際に、その結果がどうなるかを予測して書き留めておき、後で実際の結果と比較するというものです。この方法で、自分の判断力を客観的に評価し、改善していくことができるのです。
私たちは往々にして、自分の強みばかりに目を向けがちです。しかし、真の成長は自分の弱さや欠点を認識し、それを克服しようとする努力から生まれるのです。これは、スポーツの世界でもよく言われることですね。一流のアスリートほど、自分の弱点を徹底的に分析し、それを克服するためのトレーニングに励むのです。
ビジネスの世界でも同じことが言えます。例えば、スティーブ・ジョブズは、アップル社を一度追放された経験から多くを学び、再び CEO として復帰した時には、より強力なリーダーシップを発揮しました。彼は自分の短所を認識し、それを補うために優秀な人材を登用するなど、新たな戦略を展開したのです。
ここで注意しなければならないのは、「物事の基礎を身につけ、ある程度できるようになると、気が緩み、些細なミスを起こすようになる」という点です。これは「成功の罠」と呼ばれる現象で、多くの企業や個人が陥りがちな落とし穴です。
例えば、かつて世界最大のカメラメーカーだったコダック社は、デジタルカメラの台頭に適応できず、破産に追い込まれました。彼らは自社の成功に慢心し、市場の変化に対応できなかったのです。このような失敗を避けるためにも、常に謙虚な姿勢で自己反省を行うことが重要なのです。
夜独りになった時に、三十分でいいから、細心の注意を払って、その日の自分の行動を省みましょう。毎日30分、自分と向き合う時間を作ることは、決して難しいことではありません。
この時間を有効に使うためには、いくつかのテクニックがあります。例えば、ジャーナリングという方法があります。その日あった出来事や自分の感情、思考を書き留めていくのです。書くことで、頭の中が整理され、新たな気づきが得られることがよくあります。
また、マインドフルネス瞑想も効果的です。静かな場所で目を閉じ、自分の呼吸に集中する。そして、その日の出来事を客観的に観察するのです。判断せず、ただ観察することで、自分の行動や思考のパターンに気づくことができます。
このような習慣を続けていくと、「惕」の状態に近づいていくことができるでしょう。「惕」とは、畏れかしこまり、独りを慎むこと。つまり、自分自身を客観的に見つめる技術なのです。
これは、心理学で言う「メタ認知」にも通じる概念です。メタ認知とは、自分の思考や行動を客観的に観察し、評価する能力のことです。この能力が高い人ほど、効果的に学習し、問題を解決することができると言われています。
ここで、私の個人的な経験をお話しさせていただきます。私が若い頃、ある大きなプロジェクトを任されたことがありました。当初は順調に進んでいたのですが、途中で大きな問題に直面し、プロジェクトが頓挫しかけたのです。その時、私は毎晩、その日の出来事を振り返り、問題の本質は何か、自分に何ができるかを考えました。そして、チームメンバーの意見にも耳を傾け、最終的には問題を解決し、プロジェクトを成功に導くことができたのです。
この経験から、私は「惕」の重要性を身をもって学びました。日中は前向きに全力で取り組み、夜は冷静に省みる。この二つのバランスが、リーダーシップの要だと気づいたのです。
みなさんも、これから様々な挑戦に直面することでしょう。その時、ぜひこの易経の教えを思い出してください。前に進む勇気と、立ち止まって省みる謙虚さ。この二つを兼ね備えることで、きっと素晴らしいリーダーになれると信じています。
最後に、こんな言葉を贈りたいと思います。
「成功は、最低の教師だ。賢い人間をして、自分は失敗するはずがないという錯覚の罠に誘い込む。」
成功は最高の教師ではない。失敗こそが最高の教師であるというのです。
これは、マイクロソフト社の創業者であるビル・ゲイツの言葉です。失敗を恐れず、そこから学ぶ姿勢。そして、その学びを次の成功につなげていく力。それこそが、真のリーダーシップなのです。
みなさんの前途に幸多きことを祈っています。これからの人生で、易経の教えが少しでもお役に立てば幸いです。ありがとうございました。
参考出典
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