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まいにち易経_0127【静寂に燃ゆる光と牝牛】牝牛を畜えば吉なり。[30䷝離為火:卦辞]

離。利貞。亨。畜牝牛。吉。

離は、貞しきに利あり。亨る。牝牛ひんぎゅうやしなう、吉なり。

ある企業の新人研修に招かれた老易学者が、
未来のリーダーを担うポストZ世代の若者たちに向かって語る

まず、「離為火」の「離」という字について考えてみましょう。この字は、一見矛盾するように見える二つの意味を持っています。「離れる」という意味と、「付く」という意味です。面白いですよね。でも、よく考えてみると、人生もこれと同じようなものかもしれません。

例えば、皆さんが新しい仕事に就くとき、それまでの環境から「離れる」わけですが、同時に新しい環境に「付く」ことになります。この「離」という字は、そんな人生の転機を見事に表現しているんです。

さて、この卦で特に注目したいのは「牝牛を畜う」という言葉です。「牝牛」って聞くと、なんだか古めかしい感じがするかもしれませんね。でも、これが実は現代のビジネスシーンにも通じる深い意味を持っているんです。

牝牛は、おとなしくて従順な動物です。角が自分の方に曲がっているのが特徴ですよね。これは何を意味していると思いますか? そうなんです、自分自身を振り返る、内省するという意味なんです。

ビジネスの世界でも、自分を客観的に見つめ直す力って本当に大切です。例えば、皆さんが部下から「このプロジェクト、もう少し時間がかかりそうです」と言われたとき、どう反応するでしょうか? すぐに怒ったり、焦ったりしてしまうかもしれません。でも、ちょっと立ち止まって、自分の対応を振り返ってみる。そんな余裕があれば、もっと良い解決策が見つかるかもしれないんです。

これは、古代中国の兵法家、孫子の教えにも通じるものがあります。孫子は「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と言いました。つまり、相手のことを知るのと同じくらい、自分自身のことを知ることが大切だということです。

さて、「牝牛を畜う」というのは、単に従順であれということではありません。むしろ、自分自身をよく理解し、コントロールする力を養うということなんです。これは、リーダーシップの根幹をなす重要な資質だと私は考えています。

例えば、スティーブ・ジョブズを思い浮かべてみてください。彼は確かに革新的なビジョンの持ち主でしたが、同時に自分自身の短所もよく理解していました。だからこそ、自分の苦手な分野は信頼できる人材に任せることができたんです。これこそが、「牝牛を畜う」精神の現代版と言えるでしょう。

また、「火」のイメージにも注目してみましょう。火は何かに付いて初めて燃え上がり、光を放ちます。人間も同じです。何かに打ち込み、情熱を傾けることで、自分の能力を最大限に発揮できるんです。

でも、ここで気をつけなければいけないのは、火の性質です。火は確かに明るく、暖かいものです。でも、コントロールを失えば、あっという間に周りを焼き尽くしてしまう危険性もあります。ビジネスの世界でも同じことが言えますよね。熱意は大切ですが、それが行き過ぎると、周りの人を傷つけたり、自分自身を燃え尽きさせてしまったりする可能性があります。

ここでちょっと面白い話をしましょう。江戸時代の儒学者、貝原益軒という人がいました。彼は「養生訓」という本の中で、「怒りは火のごとし」と書いています。つまり、怒りは火と同じで、小さいうちは役に立つけれど、大きくなりすぎると危険だということです。これは、まさしく「離為火」の教えそのものですね。

さらに、「離」には「仕事に就く」という意味もあります。つまり、この卦は人間関係全般、特に仕事の場面での人との付き合い方について教えてくれているんです。

ビジネスの世界では、時として厳しい競争にさらされることもあるでしょう。でも、そんな中でも、攻撃的になりすぎず、柔軟さを保つことが大切です。それが「牝牛を畜う」ということなんです。

例えば、皆さんが難しい交渉に直面したとき、どうするでしょうか? 相手を打ち負かそうとするのではなく、まず相手の立場に立って考えてみる。そして、Win-Winの解決策を探る。これこそが、「牝牛を畜う」精神を体現していると言えるでしょう。

実は、この考え方は現代の交渉学の基本にもなっています。ハーバード大学のロジャー・フィッシャーウィリアム・ユーリーが提唱した「原則立脚型交渉法」というものがあります。これは、相手と対立するのではなく、共通の利益を見出すことに焦点を当てる方法です。まさに、何千年も前の易経の教えが、現代のビジネスシーンでも生きているということですね。

さて、ここまでの話をまとめてみましょう。「離為火」の教えは、次の三つのポイントに集約できると思います。

・自己内省の重要性:常に自分自身を客観的に見つめ、改善の余地を探ること。
・バランスの取れた情熱:仕事に対する熱意を持ちつつ、それをコントロールする力を養うこと。
・柔軟な人間関係:攻撃的にならず、相手の立場も考慮に入れた対応をすること。
これらは、古代中国の知恵ですが、現代のビジネスリーダーにも必要不可欠なスキルだと私は考えています。


参考出典

牝牛を畜う
離為火の「離」は「離れる」の意だが、「付く」という意味もある。火は何かに付いて燃え上がり、光を発して輝く。人も何かに付き随うことで能力を発揮する。「離」には仕事に「就く」という意味もあり、人間関係全般に関わる。「牝牛」は柔順の徳の象徴。角が己の側に湾曲していることから、自分を客観的に省みることに喩えられる。尖って攻撃的な人は付き合いにくいから、内省し「牝牛を畜う」ことは処世の基本ともいえる。

易経一日一言/竹村亞希子

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