ペリクレスの葬礼演説を古典ギリシア語で読んでみた【第11回】
厄介な関係代名詞が出てきたのもあり、少し悩ましい回です。尚、一文一文が長くなってきたので、ピリオドだけではなく「:」でも区切るようにします。
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原文(Thuc. 2.36)と翻訳:11文目
ὧν ἐγὼ τὰ μὲν κατὰ πολέμους ἔργα, οἷς ἕκαστα ἐκτήθη, ἢ εἴ τι αὐτοὶ ἢ οἱ πατέρες ἡμῶν βάρβαρον ἢ Ἕλληνα πολέμιον ἐπιόντα προθύμως ἠμυνάμεθα, μακρηγορεῖν ἐν εἰδόσιν οὐ βουλόμενος ἐάσω:
筆者翻訳
それらの内、各地を獲得するに至った戦争に関する偉業、あるいは我ら自身かあなた方の父が、襲い掛かって来る蛮族や敵のギリシア人を果敢になんとかして撃退したか、よく知っている諸君に、私としては長々と話そうとはせず、触れないでおきたい:
解説:語彙
ὧν:基本形はὅς、関係代名詞・男性・複数・属格
ἐγὼ:基本形は同じ、人称代名詞・男性・単数・主格、「私としては」
τὰ:冠詞・中性・複数・対格、ἔργαと繋がる。
μὲν:小辞、δὲ(次回の文章)と合わせて対比を表す。
κατὰ:前置詞、対格(πολέμους)を取り、関連性を表す。「~に関する」
πολέμους:基本形はπόλεμος、名詞・男性・複数・対格、「戦争」
ἔργα:基本形はἔργον、名詞・中性・複数・対格、「偉業」
οἷς:基本形はὅς、関係代名詞・男性・複数・与格、ἔργαを先行詞とし、"οἷς ἕκαστα ἐκτήθη"という節を形成する。
ἕκαστα:基本形はἕκαστος、形容詞・中性・複数・主格、名詞的に訳す。直訳すると「各々のこと」となるが、おそらく支配圏や覇権など、戦争での勝利に付随する成果のこと。便宜的に「各地」とした。
ἐκτήθη:基本形はκτέομαι、動詞・アオリスト形・受動態・3人称単数・直説法、主語はἕκασταで、直訳すると「(各地が)手に入れられることになった」となる。訳文では分かりやすいように能動態風にしている。
ἢ:接続詞、「あるいは」
εἴ:間接疑問を導入する接続詞。節を形成し「~か」
τι:基本形はτις、不定代名詞、副詞的に訳す。「なんとかして」
αὐτοὶ:基本形はαὐτός、人称代名詞・男性・複数・主格、「我ら自身が」
ἢ :接続詞、αὐτοὶとοἱ πατέρεςを接続している。「あるいは」
οἱ:冠詞・男性・複数・主格、πατέρεςと繋がる。
πατέρες:基本形はπατήρ、名詞・男性・複数・主格、「父」
ἡμῶν:基本形はἐγὼ、人称代名詞・男性・複数・属格、πατέρεςに掛かり「私たちの」
βάρβαρον:基本形はβάρβαρος、形容詞・男性・単数・対格、名詞として扱う。「蛮族」
ἢ:接続詞、βάρβαρονとἝλληναを接続している。「あるいは」
Ἕλληνα:基本形はἝλλην、名詞・男性・単数・対格、「ギリシア人」
πολέμιον:基本形はπολέμιος、形容詞・男性・単数・対格、Ἕλληναを修飾する。「敵の」
ἐπιόντα:基本形はἔπειμι、動詞・分詞・現在形・能動態・男性・単数・対格、Ἕλληναを修飾する。「襲い掛かって来る」
προθύμως:副詞、「果敢に」
ἠμυνάμεθα:基本形はἀμύνω、動詞・アオリスト形・中動態・1人称複数・直説法、βάρβαρονやἝλληναを目的語に取り「~を撃退した」
μακρηγορεῖν:基本形はμακρηγορέω、動詞・不定詞・現在形・能動態、「長々と話すこと」
ἐν:前置詞、与格(εἰδόσιν )を取り、「~がいる中で」
εἰδόσιν:基本形はοἶδα、動詞・分詞・完了形・能動態・男性・複数・与格、「よく知っている諸君に」
οὐ:否定辞、βουλόμενοςに掛かる。
βουλόμενος:基本形はβούλομαι、動詞・分詞・現在形・中動態・男性・単数・主格、「~しようとする」
ἐάσω:基本形はἐάω、動詞・アオリスト形・能動態・1人称単数・接続法、「触れないでおきたい」
ὧνの解釈について
文頭のὧνは、上述した通り、男性・複数・属格の関係代名詞となります。この一文の中では、これと言った先行詞も見られず、どのように解釈すればよいか少し悩みました。
可能性としては下記2点あると思います。
①:先行詞が省略されていることに加え、ὧν節内でも、属格を取る何らかの動詞が省略されている。(おそらく、「聞く」とか「思い出す」のような知覚動詞)τὰ…ἔργαは限定の対格とする。
「戦争に関する偉業の点で私が思い出す(もしくは聞いた)こと」
②:指示代名詞的な用法で、τὰ…ἔργαに掛かり、「それらの内の偉業」と訳す。「それら」とは、前文のτὰ δὲ πλείω αὐτῆς「支配圏以上に多くのこと」かと思われます。
今回、私は②で解釈してみました。関係代名詞の指示代名詞的な用法は、基本的にはホメロス時代が主であり、アッティカ散文では滅多に見られません。LSJにも"this use survived only in a few special phrases"と書かれており、一見、ここで②の意味に解釈するのは少し無理がある気もします。
ただ、アッティカ散文に全く出てこないかと言われれば、そんなことはありません。特に、リュクルゴス(紀元前4世紀頃のアテナイ政治家)の法廷弁論では、ὧνを指示代名詞的に取る用法が頻出します。厳密に言えば、前文を緩やかに先行詞として取り、英語で言う"~, which~"のようなニュアンスかと思いますが、まぁ指示代名詞的と言って差し支えないでしょう。
この一文はペリクレスの弁論を想定して作られていますし、すっきりと分かりやすい②の解釈をしてみました。
解説:構造
基本的な構造は下記になります。
主語:話者
動詞:ἐάσω
目的:τὰ μὲν κατὰ πολέμους ἔργα
目的語はτὰ μὲν κατὰ πολέμους ἔργαで、その言い換えとして、具体的な内容が間接疑問のεἴ節で詳述されています。その為、εἴ節も目的語のように機能しています。
ちなみに、ここで言われているのは、ペルシア戦争での偉業のことでしょう。サラミスの海戦やプラタイアの戦いが真っ先に思い浮かびますが、οἷς ἕκαστα ἐκτήθη(各地を獲得するに至った)と関係代名詞で補足説明されていますので、将軍キモンの活躍するエイオン包囲戦以降の戦いのことを指しているのではないかと思います。
ἐάσωに加えて、μακρηγορεῖν ἐν εἰδόσιν οὐ βουλόμενοςという分詞・不定詞で構成された句もありますが、μακρηγορεῖνの目的は、ἐάσωと同じくτὰ μὲν κατὰ πολέμους ἔργα(およびεἴ節)と考えられます。
逐語訳
それらの内(ὧν)、各地(ἕκαστα)を獲得するに(ἐκτήθη)至った(οἷς)戦争(πολέμους)に関する(κατὰ)偉業(τὰ...ἔργα)、あるいは(ἢ)我ら自身(αὐτοὶ)か(ἢ)あなた方の(ἡμῶν)父が(οἱ πατέρες)、襲い掛かって来る(ἐπιόντα)蛮族(βάρβαρον)や(ἢ)敵の(πολέμιον)ギリシア人を(Ἕλληνα)果敢に(προθύμως)なんとかして(τι)撃退した(ἠμυνάμεθα)か(εἴ)、よく知っている諸君に(ἐν εἰδόσιν)、私としては(ἐγὼ)長々と話(μακρηγορεῖν)そうとはせず(οὐ βουλόμενος)、触れないでおきたい(ἐάσω):
※原文の出典:Thucydides. Historiae in two volumes. Oxford, Oxford University Press. 1942.