ペリクレスの葬礼演説を古典ギリシア語で読んでみた【第9回】
当時エーゲ海の覇権を握っていたアテナイ帝国の片鱗が、遂に現れます。ただの祖先賛美では終わらないところが、上手いですね。
ペリクレス葬礼演説解説の第1回目はこちら
ペリクレス葬礼演説解説の第8回目はこちら
原文(Thuc. 2.36)と翻訳:9文目
καὶ ἐκεῖνοί τε ἄξιοι ἐπαίνου καὶ ἔτι μᾶλλον οἱ πατέρες ἡμῶν: κτησάμενοι γὰρ πρὸς οἷς ἐδέξαντο ὅσην ἔχομεν ἀρχὴν οὐκ ἀπόνως ἡμῖν τοῖς νῦν προσκατέλιπον.
筆者翻訳
そして、かの先祖たちは称賛に相応しいが、我らの父は更にもっと相応しいのである:すなわち、(昔からの国土を)継承したことに加え、我らが持つ限りの(デロス同盟の)支配圏を手に入れ、苦難を経て、今日の我らに遺したのだ。
解説:語彙
・καὶ:接続詞、「そして」
・ἐκεῖνοί:基本形はἐκεῖνος、指示代名詞・男性・複数・主格、前文の先祖のことを指す。「かの者たちは」※上記の訳では分かりやすく「かの先祖たちは」としている。
・τε:小辞、前後の単語を繋ぐ。
・ἄξιοι:基本形はἄξιος、形容詞・男性・複数・主格、属格(ἐπαίνου)を取り「~に相応しい」
・ἐπαίνου:基本形はἔπαινος、名詞・男性・単数・属格、「称賛」
・καὶ:接続詞、ἐκεῖνοί τε ἄξιοι ἐπαίνουとἔτι μᾶλλον οἱ πατέρες ἡμῶνのフレーズを繋ぐ。
・ἔτι:副詞、「更に」
・μᾶλλον:副詞、μάλαの比較級。「もっと」
・οἱ:冠詞・男性・複数・主格、πατέρεςと繋がる。
・πατέρες:基本形はπατήρ、名詞・男性・複数・主格、「父」
・ἡμῶν:基本形はἐγώ、人称代名詞・男性・複数・属格、πατέρεςに繋がる。「我らの」
・κτησάμενοι:基本形はκτάομαι、動詞・分詞・アオリスト形・中動態・男性・複数・主格、πατέρεςを主語として、副詞句のように訳す。「(我らの父は)~を手に入れて」
・γὰρ:小辞、説明を表す。「すなわち」
・πρὸς:前置詞、与格(οἷς)を取り「~に加え」
・οἷς:関係代名詞・男性・複数・与格、先行詞の格に惹かれて与格となっているが、先行詞自体は省略されており、πρὸςに直接与格を取られているように見える。関係詞なので節(ἐδέξαντο)を取る。「~こと」
・ἐδέξαντο:基本形はδέχομαι、動詞・アオリスト形・中動態・3人称複数・直説法、「受け入れた」※訳では分かりやすく「継承した」としている。
・ὅσην:基本形はὅσος、関係代名詞・女性・単数・対格、先行詞はἀρχὴνであり、節(ἔχομεν)を取って「~する限りの」
・ἔχομεν:基本形はἔχω、動詞・現在形・能動態・1人称複数・直説法、「我らが持つ」
・ἀρχὴν:基本形はἀρχή、名詞・女性・単数・対格、「支配圏を」
・οὐκ:小辞、否定を表す。ἀπόνωςと繋がり「~ではなく」
・ἀπόνως:副詞、「労せずして」※οὐκ ἀπόνωςを直訳すると「労せずにではなく」となるが、分かりやすく「苦難を経て」とした。
・ἡμῖν:基本形はἐγώ、人称代名詞・男性・複数・与格、「我らに」
・τοῖς:冠詞・男性・複数・与格、νῦνを名詞化し、「今日の者たち」。ἡμῖνと並置されているので、「今日の我らに」という訳にした。
・νῦν:副詞、τοῖςにより名詞化されている。
・προσκατέλιπον:基本形はπροσκαταλείπω、動詞・アオリスト形・能動態・3人称複数・直説法、目的語としてἀρχὴνを取り、「を遺した」
解説:構造
・1節目
2節が並置され、間のκαὶで繋がっています。
①主語:ἐκεῖνοί+(省略・動詞:ἐστί)+形容詞:ἄξιοι ἐπαίνου
かの先祖たち(は)称賛に相応しい
②主語:οἱ πατέρες ἡμῶν+(省略・動詞:ἐστί+省略・形容詞:ἄξιοι ἐπαίνου)+副詞:ἔτι μᾶλλον
更にもっと、我らの父(は称賛に相応しい)
古き世を生きた先祖たちを賞揚すると見せかけて、本当に称賛したい対象は、自分たちの父親世代だったようですね。
2文目では、その理由が記されます。
・2節目
基本構造
主語:(οἱ πατέρες ἡμῶν)
動詞①:κτησάμενοι ~を手に入れ
動詞②:προσκατέλιπον ~を遺した
直接目的語:ὅσην ἔχομεν ἀρχὴν 我らが持つ限りの支配圏を
※動詞①・②両方の目的語となる。(我らが持つ限りの支配圏を①手に入れ、②それを遺した)
間接目的語:ἡμῖν τοῖς νῦν 今日の我らに
上記に、カタマリを形成する副詞句を装飾すれば、概ね文は完成です。
πρὸς οἷς ἐδέξαντο 継承したことに加え
ὅσην ἔχομεν ἀρχὴν 我らが持つ限りの支配圏
οὐκ ἀπόνως 苦難を経て
祖先の賛美から、鮮やかにデロス同盟による支配の称賛に繋がっていきます。ここに、アテナイ帝国とも形容される全盛期が、映し出されようとしているのです。
逐語訳
そして(καὶ)、かの先祖たちは(ἐκεῖνοί τε)称賛に(ἐπαίνου)相応しい(ἄξιοι)が(καὶ)、我らの(ἡμῶν)父は(οἱ πατέρες)更に(ἔτι)もっと(μᾶλλον)相応しいのである:すなわち(γὰρ)、(昔からの国土を)継承した(ἐδέξαντο)こと(οἷς)に加え(πρὸς)我らが持つ(ἔχομεν)限りの(ὅσην)(デロス同盟の)支配圏を(ἀρχὴν)手に入れ(κτησάμενοι)、苦難を経て(οὐκ ἀπόνως)、今日の(τοῖς νῦν)我らに(ἡμῖν)遺したのだ(προσκατέλιπον)。
※原文の出典:Thucydides. Historiae in two volumes. Oxford, Oxford University Press. 1942.