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【長編連載小説】絶望のキッズ携帯 第16話 自己紹介
自己紹介。その名の通り、自分を知ってもらう行為だ。陽気な自分を売り込んでもいいし、淡白に必要最低限の情報を提供してもいい。このガキの場合は自分を曝け出す。これがスタートだ。スマホのない自分を知ってもらい、それでも付き合ってくれる人間を見つける。馬鹿にされたらされたで、スマホを手に入れる道が開ける。露出は多い方がいい。
まずは名前、そして好きな食べ物あたりがジャブではないだろうか。しかし好きな食べ物というのは難問だ。同じ牛肉でも牛焼き肉は好きでも牛の時雨煮はあまり好きではないなど、今後ご飯を一緒に食べに行く時に微妙な齟齬が生じるかもしれない。ここはピンポイントである必要がある。
医療の世界では問診を医療面接と呼ぶことがある。少なくとも俺が大学生の時はそうだった。そして質問をする方法が二つあると習った。オープンクエスチョンとクローズドクエスチョンというものだ。前者は例えば好きな食べ物は何かという自由な回答がある質問の仕方で、後者は牛焼き肉と牛時雨煮のどちらが好きかという答えを絞った質問の仕方だ。このガキにオープンクエスチョンをするとまた愚痴が始まるだろう。俺はクローズで攻めることにした。
「焼き枝豆と茹で枝豆はどっちが好きだ?」
ガキは前者が好きだと答えた。渋い。
「アサリは酒蒸しと味噌汁どっちが好きだ?」
ガキは前者が好きだと答えた。渋い。こいつは晩酌でもしているのだろうか。しかしこの通な選択は悪くない。焼き枝豆派や酒蒸し派という少数派と仲良くやれるかもしれない。少数派の結束は硬いからだ。そしていじめっ子集団がいたとしても、この選択を聞けば一目置くはずだ。手を出したらタダでは済まない男。そう印象付けるだろう。もちろん女の子も無骨なガキにヤラれる。いつだって渋い男がモテる。
渋い男がモテると言ったが、この時代にまだ高倉健がモテるかと言えば疑問だ。彼は喋らない。喋らない男はさすがにモテないし、このガキが喋らないのであれば現状とあまり変わらない。学校で一人。家でも一人でネットゲーム。長崎に来た意味がない。喋れる男に仕上げる必要がある。
話しかけやすい男の条件がある。それはある程度コミカルであること。ジョークが言えるということが重要になってくる。愛嬌とでも言おうか、それがなければモテない。しかしこのクソガキに関しては心配する必要がない。確かに冗談の一つも言えない小僧だが、キッズ携帯の十円クソ野郎だ。存在がコミカルだ。これを言わない手はない。
「春からお前はキッズか十円クソ野郎と呼んでもらえ」
事情を話すとガキが全力で拒否し始めた。面倒な男だ。処女の服を脱がすような作業を何でこの歳になって、しかも男のガキ相手にやらなければならないのだろうか。俺はブラを破り捨てた。
「嫌なら野宿だ!」
ガキは渋々頷いた。それからこいつの情報を整理し、自己紹介の台本を書くことにした。いつの間にか嫁がやってきて、話は二人で進んで行った。思い出してほしい。横断幕を作った女だ。ガキの顔が青ざめていく。