「つまらないものですが」への違和感
「つまらないものですが、、、」
先方に対して何か手土産やプレゼントを渡す際、頭につく言葉として当たり前のように使われている。
日本人の「謙虚さ」が相まってこの言葉を使うのだろうが、この謙虚さって本当に正しいのだろうか。
多少の違和感は感じている。
「つまらないと思っているなら渡すなよ」
暗黙のルールなのか何かわからないが、別に誰も上記のようには言わない。
でも普通に考えて「つまらないもの」とわかっていてそれを渡すのは失礼だ。だったら「自信あるものです!!」とはならなくても、せめて「私のオススメです!」くらい堂々として渡してほしいと思うのは自分だけだろうか。
要は「そう思っているなら行動をしよう」ということ。
似ているようで非なるものだが、こんな例も思い浮かんだ。
「自分に何が出来るんだろう」
「自分では力不足なんじゃないか」
これらはなんなら私が結構考えてしまうことだ。
意味とか結果をすぐに求めてしまいがち。自分の力を過度に下に見がち。
これって傍から見れば謙虚にうつるかもしれないが、違った角度から見れば保身でもある。違った角度から見なくても保身かもしれない。
きっと時には開き直りも必要なんだけど、過度な開き直りは何も考えていないのと一緒で。
最初から何も出来ないから、と決めつけるのは何もしていないからでしょ、と言わざるを得ない。
自分に何が出来るかと不安に思う時間があるのであれば、何か出来るようになるために精進すればいいだけで。自分が力不足だと思うのであれば一刻でも早く「力足りる」状態になればいいだけで。
出来ない理由や言い訳を探している時間があったら頑張ればいい。
ストイックと思われるかもしれないがそんなことはない。
人間欲望の塊だし、甘えの塊だから。
少しでも逃げ道があったり、本能的にそっちの方を向いてしまう。
たとえそれが荒療治だとしても、意識するくらいがちょうどいい。
意識して意識して意識して。
無意識になるまで意識して。
常に自分が出来る最高のパフォーマンスをお届けする。自信を持ってお届けする。
自信を持ってお届けするには相当な準備が必要で。でも相当な準備をすることって考えてみれば当たり前で。それが礼儀でもある。
要は何が言いたいかというと。
「それがあなたのベストパフォーマンスですか?」
と自分に問いかけていきたい。
つまらないものではなく、自分がオススメしたい最高のものを。
何が出来るか悩むんじゃなく、何を出来るようになりたいか考え行動することを。
つくられた「謙虚さ」に逃げずに、自信を持った言葉と行動をお届け出来るように。
あ、でも「素直さ」は忘れないように。