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”やさしさの半分は知識”

最近SNSで何回か目にして、「いいなぁ」と思ったフレーズがある。それが、

〝 やさしさの半分は知識 〟

というもの。


すごい雑な表現をしてしまうなら、「めちゃくちゃそうだな~」と思う。

そもそもまず「優しい人でいたい」という想いがあるかどうか、ここが半分の分かれ道ではあると思う。

いや、優しくしたくない人なんていない、ってなるかもしれない。で考えれば、すでにやさしさを提供するための半分は備わっているわけで。ただ、「思いだけじゃダメ」というのがミソで。

だって思いだけでなんとかなるなら、きっと世の中はやさしい人で溢れているから。でも悲しいかな、実際はあんまりそうじゃない。

いや、自分のコミュニティだけ、みたいな小さい範囲で見たらやさしい人だらけなのかもしれない。でももうちょっと大きいコミュニティで見たとき、関係性の違いはあれど、「なんでそんなこと言えるん?」みたいなケースってよくある。有名人への誹謗中傷もその1つだと思う。


そう考えたときに、なんでやさしくなれないかの1番は「知らないから」なんだと思う。知らないから想像が難しくて、そこで”調べる”という選択ができる人は素敵なんだけど、”調べる”が出来ない人は自分の知っている引き出しから答えを探そうとする。

そうなったときに「それは甘えだ」とか「◯◯なんだからしょうがない」みたいなやさしくない言葉が出てくる。

もし自分が知っているものだったら、「その気持ちわかる~」となってることもあるだろうし、「その場合はこんな風にしたらいいよ」と提案できるかもしれない。

知らないより知っている方が多いに越したことはないんだ。


あとは、そこまでしてやさしさを身につけたいかどうかの話なんだと思う。当然、全ての物事の知識を身につける必要はない。

ただ、やさしい人でいたい相手に対しては、ちゃんとその知識を身につけていきたいと思うし、知らない物事に対しては勝手に想いをぶつけないってことは大事にしたい。

”調べる”という選択をとるか、”受け入れる”+”質問する”という選択をとれる人でいたい。

そしてずっとずっと、学び続ける人でいたい。

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塩浦良太
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