幾多の偶然が、人の運命を創っていく 『ミッテランの帽子』
連休明け。
暑かったり肌寒かったり、雨で気温が低くても湿気で何だか蒸し暑い。こんな中、どっと疲れを感じる人も多いのではないでしょうか。
疲れた心や体に、そっと見えない力を与えてくれるような、フランス人作家の本を読みました。
『ミッテランの帽子』アントワーヌ・ローラン著
舞台は、1980年代のフランス。
時の大統領フランソワ・ミッテランが置き忘れた帽子を、偶然手にすることになった4人。帽子を手に取ってから、それまで冴えなかった人生が精彩を放ち出すというストーリーです。
帽子を手にし、4人それぞれの人生が変わろうとする、その過程の描写がとてもいいのです。
4人のうち唯一の女性、ファニー・マルカン。
2年以上の不倫関係を断ち切れずにいた彼女。そして偶然、彼女と同じイニシャル(F.M)が刻まれたその帽子を手にします。帽子を被り、新たな力が授けられたような気がした彼女は、そのまま恋人が待つホテルへと向かう。そして、これまで臆病で口にできなかった別れを告げます。
ファニーが恋人にとうとう伝えた別れの言葉は、事前に用意されたものではありません。帽子に背中を押されるように別れを告げる彼女は、毅然とし自信に溢れ、恋い焦がれていたはずの恋人の幼稚さや身勝手さを露わにします。
ここで言いたいのは、この帽子は決して魔法の帽子ではないということ。大統領の帽子というおとぎ話のような設定は別にして、誰にでも起き得る些細な偶然の連続が、彼らの人生に輝きを与えます。
最初に帽子を手にした、ダニエルの話。
妻と子供が不在にする夜。仕事のストレスから逃れるため、自分にご馳走すると決めます。選んだのは、一人の夜会に相応しい豪華なブラッスリー。運良く、たまたま30分前にキャンセルになったテーブルに通されます。
そして彼の隣の席に、ミッテラン大統領が座り、帽子を置き忘れる。
もし、彼が家で自炊していたら、もしキャンセルが出ていなければ、この日大統領の隣のテーブルで食事することはなかった。そんな偶然の積み重ねが運んできた、帽子。それを手に取ったダニエルは、キャリアで成功を勝ち取っていきます。
最後に、ブルジョワジーの名家の男ベルナール。
変化を望まず新しいものを嫌うブルジョワや貴族社会の中で、退屈で鬱屈するような日々を送っていました。そんな彼も偶然、その帽子を手にする。
そして彼は、変化を忌み嫌ったり、新しいものをすぐに批判する前に、そのことに耳を傾け知ろうとすることが、いまの時代には必要なのだと悟ります。しかし、同じ社会階級にいた”仲間”からは、強い反感を買うことになります。
ベルナールは、これまで信じていたもの、しがみついていた信念を壊していく。そして、「自らの翼がはばたいているのを感じた」のです。
帽子を手にした4人それぞれの人生が、彩られていく。その展開は、時に心が躍り、鳥肌が立ち、また、自分の人生に重ね合わせたくなります。
何気なく積み重ねられる偶然が、私たちの人生を創る。その一つでも欠けていたら見えなかった風景を、私たちは見ています。
人生に輝きを与える「帽子」を手に取るのは、その偶然を引き寄せる、自分自身の力でもあるのかもしれません。