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境界をめぐる実践について-禅と心理地理学とフランシス・アリス-

どうもこんにちは。

2022年に東京藝術大学美術学部先端芸術表現科の修士課程に入学し、フランスへの1年の交換留学を経ながら、早くも修了制作の時期を迎えることとなりました。

藝大先端の修了要件はふたつあって

①「修士作品+修了制作作品解説」
②「修士論文」

のどちらかを提出する必要があり、ほとんどの人と同様①でいくつもりです。(ちな博士課程は「修士作品+修士論文」が必要)

これから修了作品の制作と執筆に取り組んでいくにあたって、自分が何を研究したくて大学院に入って、実際どのようなことを取り組んで来たのか改めて振り返りたく、これまで執筆したレポートなどを読み返してました。

そういったものを恥ずかしさもありますが、もうえいやの気持ちで共有・発信し、みなさんの意見を取り入れつつ改善を繰り返しながら修了を目指しちゃおう、という魂胆です。いつもそうなのですがプロセスをできるだけ楽しみたいのです。

修了展の前に11月1日から東京のコートヤードHIROOで個展も始まるので、どういう考えが根底にあってホットサンドとか、わけわからんパフォーマンス映像撮ってるのか共有してみたいと思いました。

というわけでまずは修士1年の前期に出されたレポートを公開します。課題テーマは以下引用。

◆レキシコン=歴史+辞書(lexicon)を掛け合わせた造語 by 伊藤俊治先生◆

◎この言葉を踏まえて、創造活動に関わろうという意志をもったきっかけを含め、現在にいたる自己形成や作品のテーマ設定等に影響を与えたアイテムを3つ選び、 分析・考察してください。また今後の課題についても触れてください。

◎3つのアイテムは自然現象とか社会的な出来事、身近な人物との出会い等ではなく、人の営みの創造活動の結果、この世に残されたものとしての作品であること。 (ジャンルは問いません。美術、音楽、映像、漫画、アニメ、写真、文学 etc.)

2年前に書いたものなので色々粗いことは承知の上でよろしくお願いします。


 現在にいたる自己形成や制作する作品のテーマ設定に影響を与えたアイテムについて、正直なところ3つにおさえるのは非常に難しい。しかし、敢えて3つに絞るとすれば鈴木大拙の『日本的霊性(1944)』、ギー・ドゥボールの『スペクタクルの社会(1973)』、そしてフランシス・アリスの『The Green Line(2007)』を選定したい。

 ひとつめに取り上げるのは、禅を英語翻訳し世界に広めた仏教学者・鈴木大拙の著書『日本的霊性』である。私は美術家として表現をはじめる前に、インターネット上でブロガー/YouTuberとして活動していた期間がある。世界中を旅しながら、その土地で出会った人々の生き様やローカルの情報を言語化して発信することを仕事にしていた。しかし、人生という膨大な情報量を数千文字や10分の動画に収めてしまうことの暴力性、また、結果が残酷なまでに数字で可視化される世界であるため、より多くの人に見られるために過剰な見出しやイメージを用いることもテクニックとして必要だった。常に先回りを意識するマーケティング的思考にも、資本主義経済がそうしなければ成り立たざるを得ない(それによって疎外されてしまうものがある)状況に嫌気がさしていた。言語を用いて、またそれをインターネット上でアウトプットすることの限界と危険性を感じている時に触れたのが仏教思想、とりわけ禅であった。禅は言葉に頼らないという考えから興味を抱いたが、特に影響を受けたのが鈴木大拙が執筆した『日本的霊性』である。現行のあらゆるテクノロジーや社会システムは主体を独立させた17世紀のデカルトの合理主義と二元論的な哲学をベースに今に至っているが、鈴木大拙はそうした主体と客体の関係性について東洋、とりわけ日本人が持っていた霊的な視点から論じている。霊性とはつまるところ宗教的な解釈なのだが、精神が「分別意識」を基礎としてるのに対し、霊性は「無分別智(自我の超越)」や精神の奥に存在しているはたらきを指している。自己と他者など、切り分けるものの捉え方が現在世界のあらゆる分断が止められない根本原因ではないかと私は仮説を立てている。もちろん、鈴木大拙と生涯を通じて友となる哲学者・西田幾多郎の思想からも多大な影響を受けている。実際に禅を実践をしながら、私が言語表現から距離を取り、最初に絵画として取り組んだのが「meditation」シリーズだ。それが、私の最初の美術表現だった。

山口塁《meditation #60》2021

 2年ほどこのシリーズに取り組んだあと、「私が絵を描く」ということに疑問を抱き始めた。そもそも絵を描くという行為が主体的なものであり、抽象表現が主客一致を目指す過程と矛盾しているように感じた。そうした考えから、自分の意志やコントロールが及ばない制作方法として、自分以外の他者と協働で制作することや、絵画表現に留まらず、これまでのように世界を歩き旅しながら、街の中で、様々な人々を巻き込む(関係性を作る/繋ぐ)ようなプロジェクトを行いたいと考えるようになった。その中で影響を受けたのは、フランスの映画作家、思想家ギー・ドゥボールの書籍『スペクタクルの社会』である。刊行されたのは大量生産と大量消費の時代、大衆がマスメディアによって一方的に情報を受信するだけの「観客」となり、生活のすべてがメディア上の表象としてしか存在しなくなった時代である。本書ではそうした社会を「スペクタクル」という概念を用いて批判している。ドゥボールは50年代から70年代にかけてシチュアシオニスト・インターナショナルを結成し、イメージの支配する既存の社会体制や都市計画を反発表明した。その思想は1968年の五月革命の勃興に影響を与えている。シチュアシオニストが使用した言葉に「心理地理学(サイコジオグラフィ)」がある。私たちは自らの意志で道を選んで歩いてるようで、実は歩かされている --AIやアルゴリズムの発展により、現在の私たちの意思決定はより深刻な状況になっていると言える-- そうした支配的な仕掛けに囚われない解放された生の瞬間を作り上げる「状況の構築」を目指した。そのためにシチュアシオニストはパリを「漂流(デリーヴ)」した。この漂流は、シュルレアリストが実践した「目的なき遊歩」とは異なる。シチュアシオニストは都市景観の間を長期間、計画性なく歩き回ることで環境の調査をしながら、各々個人の理想的な地図を作成した。どこまでが自分の意志で、どこまでが無意識にコントロールされているのか、消費社会で自らの主体性を取り戻そうとしたドゥボールやシチュアシオニストたちの実践は興味深い。この漂流、つまり「さまよい歩く」という行為は私の制作活動に影響を与えていると考える。

ギー・ドゥボール《心理的なパリ・ガイド:愛の情熱についての論考。人は漂流しつつ心理地理的にどこを志向するか、それぞれの場所に特有の雰囲気について》1957年

 3つ目に取り上げるのはフランシス・アリスの作品『The Green Line(2007)』だ。アリスは1959年にベルギーで生まれ、ヴェネツィアで建築を学んだ後、1986年にメキシコに移りアーティストに転身した。都市空間で様々なパフォーマンスを実践し、社会に潜む問題を詩的に浮き彫りにする。『The Green Line』は、1948年のイスラエルとヨルダンの戦争終結時にモーシェ・ダヤンが地図上に書き込んだ「グリーンライン」と呼ばれる休戦中の国境線をモチーフとして扱っており、1967年の六日戦争でイスラエルがパレスチナ自治区を占領するまで、この緑の線が国境線だった。アリスは緑の絵の具を垂らしながら歩くことで、かつて引かれていた国境を可視化し、逆説的に私たちの世界が分断されていること、理想的に引かれた国境がいかに人間のエゴイズムに基づくものかを露わにする。この作品以外にも、アリスは国や人、物事の境界線を意識させる作品が多く、主体と客体の関係性について探究していきたい私にとって参考にしているアーティストである。また、シチュアシオニスト同様、アリスも「歩くこと」を主題に置いている。著作家レベッカ・ソルニットの『ウォークス 歩くことの精神史(2017)』 の中で「歩行が所有によって分断された大地を縫い合わせる行為」とあるように、歩行は空間の断絶化に抵抗する唯一の手段である。実際、アリスもヴァルター・ベンヤミンが発展させた「遊歩者」の姿を参照している。アリスに限らずであるが、アトリエから飛び出し、歩きながら他者や社会と関係性を紡ぐアーティストの実践に強い関心がある。

フランシス・アリス《The Green Line》2007

 今後の私は、一箇所に留まらず、世界中を移動しながら都市や街にソーシャルダイブし、アクションを通じて他者との関係性を紡ぐような作品を作りたいと考えている。現状の課題は、制作において旅や歩行、移動の様子をどう記録していくか、という点だ。現在は用意したカメラで自らのパフォーマンスを自分自身で撮影している。撮影を依頼できるカメラマンを用意する方法もあるが、そうした別の視点を用意することで、自分と作品、鑑賞者の関係も変わってしまう可能性もある。プロジェクトごとに視点をどこに置くか、どういった人や観客とやり取りしたいかなど、見せ方について深掘りする必要がある。また、ひとりでパフォーマンスと撮影を兼業するにしても、記録の練習は必要であり、大学院生活では旅をしながら色々と試していきたいと考えている。このレポートを執筆している現在も韓国、ドイツ、イタリアをさまよい歩いている。


こんな感じで、他のレポートも公開しながら制作と執筆を進めていきたいと思います。何か意見やコメントがあれば嬉しいです。

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