古典100選(70)国意考

今日のタイトルを見て、もしや今日も賀茂真淵か?と思った人は、正解である。

賀茂真淵は、「五意考」として①『歌意考』、②『語意考』、③『国意考』、④『文意考』、⑤『書意考』の作品を遺している。

では、原文を読んでみよう。

①佛の道てふ事のわたりてより、こゝの人をわろくせし事の甚しさはいふにもたらず。
②そのまことの佛の心は、さは有べからねど、それを行ふものゝおのが欲にひかれて、佛をかりてかぎりもなきそらごともいふぞかし。
③それもたゞ人にのみつみ有事にいへり。
④生とし生るものは同じ物なるを、いかなる佛か鳥けものに教へたるや。
⑤さてむくひなどいふ事をいふを、人多くさる事とおもへり。
⑥その事、古き世よりの證どもはいはんもわづらはし。
⑦人の耳にも猶(なお)うたがひぬべし。
⑧たゞ今の御世にてたとへんに、先つみ・むくひは人をころせしより大きなるはなかるべし。
⑨然るに、いまより先世大きにみだれて、年月みないくさして人をころせり。
⑩その時、人を一人もころさで有しは、今のなほ人ども也。
⑪人を少しころせしは、今のはたもと・さむらひといへり。
⑫今少し多くころせしは大名となりぬ。
⑬又その上におほくころせしは、一くにのぬしとなりぬ。
⑭さてそをすべて限りもなくころせしは、公方と申して代々榮え給へり。
⑮是に何かむくひの有にや。
⑯人をころすもむしをころすも同じ事なるを知るべし。
⑰すべてむくひといひ、あやしき事といふなどは、狐狸のなす事也。
⑱凡(およそ)天が下のものにおのがじゝ得たる事あれど皆見えたる事なるを、たゞきつね・たぬきのみ人をしもたぶらかすわざを得たる也。
⑲もし今『そのかみに人多くころしたれば、うまごにむくひやせん。』と思ふ人あらば、たぬきやがて知りて、そのむくひのいろをあらはしてなぐさみとすべし。
⑳たゞ『人多くころせしは、先祖より我にいたるまでのほまれぞかし。もし此後もさるよにあらば、我猶多くころしてとみをまし、名をあげん。』と思ひ、世の中の人もむかしの事をかたらひつゝ、『かれはいづこにて万人を谷より落し千人を川に流せしぞ。』など、いといさぎよくよき事におもひいふより、たぬきもえよりがたし。
㉑然るに、かく治りてはさることもなければ、はひ(=蠅)・蚊をころすすら『いらぬ事よ。』といふ樣になりて、たまたまその所にやむことを得ぬぬす人などあるを、『ひそかにころしたる人、いかゞあらんや。』などうたがひおそるゝ事常に多きを、狸やがて知りてあやしき事をなせば、『佛に願はん。』とて僧にかたるに、その僧、『よき事出來たり。』とて、さまざまの事をしてやめんとするうちに、多くの物をとれり。
㉒さて後終にやむかは。
㉓そのものゝ命終れり。
㉔これ『僧のむくひ有。』といはずは、いかでよき。
㉕人にたぬきにまかせんや。
㉖治れる世にもわろきぬす人心有て人ころすもの、それはやがてとらはれぬ。
㉗なもなくて一里にもてあつかひたるをころすは、さるべき人々いひはかり思ひはかりてころせども、かの僧のことにてかゝることにあふぞかし。
㉘又凡の人、よきもあしきも、むかしよりの事ならねど、その先のしれず。
㉙幸なきに久しかるものはそれにゆだねてぞある。
㉚さて人には血筋の有也。
㉛そのむかしよろしき筋のしられたるものは、やゝもすれ心てにおもへるがうまれ、又かしこき筋にはたまたまかしこきがうまるゝ也。
㉜そのごとく、おやなどにうとき筋のものあり。
㉝それはとかくに世々おやにうとし。
㉞わが若かりしをり見しに、二人あり。
㉟老たるおやいとあしうしたるが、老て又子にあしうせられしなり。
㊱これを『あしうせしむくひ』とおもひしを、しかはあらず。
㊲たゞその筋なり。

以上である。

この『国意考』で、賀茂真淵は、「むくひ」(=報い)という仏の教え(=ここでは「因果応報」)を信じる者を、狐狸の仕業と同じように迷信していると批判している。

それが証拠に、天下を取った公方様といい、大名、旗本、侍が人を殺して何らかの報いを受けたかと問うている。

改めて言うまでもないが、賀茂真淵は国学者である。

日本古来の神道こそ、我が国の誇りであると主張し、万葉のこころを説いたのである。


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