『時間旅行が繋ぐもの』

 タイム・マシン。タイム・トラベル。タイム・スリップ。

 これが実現すれば、どんなに楽しいものだろう、不思議なものだろう。考えただけでワクワクする人も多いだろう。

 しかし、それは未だに実現していない。


 その理由の一つとして考えられるのが、「現代を生きる私達の誰も、未来人や過去人に遭遇したことがない」からだ。それはつまり、未来からも過去からも、タイム・マシンを使ってこの現代という時間にタイム・トラベルやタイム・スリップしてきた人がいないからに等しい。

 特に、現代人が、未来から来た人に遭遇していないということは、未来にもタイム・マシンは未だに存在しないのである。


 では、もし将来タイムマシンが開発されて、未来や過去を自由に行き来出来るようになったら、あなたは未来と過去のどちらへ、何の目的で時間旅行をするだろうか__。


 これは、タイムマシンが開発された未来の時代に生きる男の不思議な話。


 ※


 俺はどうも、女性にモテない。理由はなんとなく分かっている。貧乏でお金がなく、大人になった今でも、大した学歴の無い俺は良いところに就職できず、秀でた才能もない凡人は、派遣の仕事で食いつなぐしかなかった。

 俺もそろそろいい年だ。もう誰でも良いから、人生で一回でいいから、普通の恋愛をしてみたい。今までに気になる子は何人もいたものの、どうせ俺なんか相手にしてくれないと理由で話しかけもしてこなかった。いつか女性の方から告白されるのを待ちづづけて、気付けば歳だけを重ねてしまっていた。

 そんな俺のそんな事情を知っている人物がいる。職場で不自然なほど馴れ馴れしく接してくる事務職の後輩。「気になる人がいるなら、とりあえず話しかけてみたらいいじゃないですか!」とやたら背中を押してくれる。

 しかし、俺よりも若いくせに、こんなくたびれかけた、しかし手入れはしっかりとされている小綺麗なビンテージスーツを一張羅なのだと言って着ているような、俺のようにパッとしない後輩に背中を押されたところで、いまいち励ましにもならないというものだ。

 ある日、立ち寄った近くのデパートで、タイム・マシンの試乗会が行われていた。数年前から一般家庭向けにもタイム・マシンの販売が始まったとはいえ、俺の稼ぎでは到底買えるものではない。だったらせめて、試乗するくらいなら良いだろう。俺は試乗会に出来ていた長蛇の列に並んだ。

 一時間ほど並んでいると、5台置いてあるタイム・マシンの内の一つの前に立つ係員に呼ばれた。案内され、タイム・マシンに乗り込む。見た目球状のタイム・マシンの中は、人一人が座れるほどのスペースにマッサージチェアのような椅子と、車のハンドルほどの大きさがあるダイヤルが設置してあるのみのシンプルなものだった。係員の説明によると、椅子に腰掛け、ダイヤルを回して行きたい時代を設定できるようになっていた。

 さて、どこに行こうか?

 一瞬、未来に行って俺がちゃんと恋愛が出来ているかを確認してみようとも考えたが、絶望して帰ってくるのも嫌だったのでやめた。

 そうなると、必然的に過去に戻ってみることになるのだが、しかし、過去に戻ったところで何もすることはない……、いや、あった。先祖に会ってよく勉強し、よく働いてもらうよう忠告する。そうすることで、現代に帰った時に、俺の境遇が変わっているのではないか。

 早速ダイヤルに手を伸ばす。行くところは……そうだな。明治あたりにでも行くか。

 それからタイム・マシンに乗り込み、出発する。空間の歪んだ風景で気持ちの悪さを感じながら、程なくして昔の雰囲気が漂う街に出た。

 昔祖父に聞いた話だと、俺の家は代々、今住んでいる地方に住み続けているという。そして、俺は珍しい名字をしていた。当時は名字を名乗るようになって間もない時代なので、当時も同じ名字であれば先祖が見つかるはず。
 人づてに訪ねていくと、幸運なことに、俺の先祖は割とすぐに見つかった。

「すいません。少しお時間よろしいでしょうか?」

「ん、誰だおめぇは? 変な格好してんなぁ」

「突然すみません。私はあなたの孫の孫の、そのまた孫の者です。いきなりこんなことを言われて信じられないと思いますが、信じてもらわなくて構いません。ただ、伝えたいことがあって遠い未来からやってきました。お時間を取らせることはありません。手短に話しますので聞いていただけますか?」

「なんだい? 俺に仕事をくれるのかい? それとも、なんだい? 女を紹介してくれるのかい?」

 先祖は想像以上に馬鹿だった。よくこんな先祖から俺の代まで続いてるな。どうやって女性と知り合って子を授かるんだよ……。

「いえ、ですので、お伝えしたいことがあって未来から来たのです。タイム・スリップというやつです。
「たいむ・すくらっぷ?」

「タイム・スリップです!」

「た、たいむ・すとりっぷ? それはどこで見れるんだい?」

「……。それでいいです。とにかく、お伝えしたいことがあって来たのです! あなたはこれからよく勉強し、よく働き……」

「……あ! お前さん、なんてことしてくれたんだい!」

「ど、どうしたんですか?」

「実は俺は今からある女に結婚を前提に告白しようとしてたんだ。しかしよ、なかなか勇気が出なくて、そこから数日くらい経っちまったんだ」

「は、はぁ……」

「これじゃあ埒が明かねぇからよ、もしも今日、「その子に話しかける前に、誰にも話しかけられなかったら告白しよう」と思っていたんだ。それでもしダメなら諦めようと。それをお前さんが邪魔したんだ!」

「そ、それはすみません……」

「せっかく借金までして、流行りのスーツってやつも買ったのによ……。まぁ、こうなってしまったらもう仕方がない。俺みたいな男に、あんなキレイな女は不釣り合いだったと思って諦めるか……。ところでお前さん、なんか影薄いなぁ」

 馬鹿な上に無計画で借金までして、おまけにいきなり俺に対する悪口か。たしかに先祖の恋の邪魔をしてしまったのは申し訳ないが。でも確かになんか俺の身体薄いな……。

「お、おい! お前さん! なんでお前さんの身体の向こうが薄っすらと透けて見えるんだい!?」

「え? え! 確かに薄くなってる! というより、透けてきてる! どういうことだ!?」

 ……まさか。タイム・トラベルでいう「親殺しのパラドックス」が発動したのか? 自分の先祖を殺すことで自分がいなくなる的なアレか? え? ということは……? 

「今すぐその女性に会いに行って告白してください! 今すぐにです! そうしないと、俺が消えてしまうんです!」

「何言ってんだい? お前さんが邪魔したからこうして諦めたることになったんだろう? それに、さっきも言ったがどうせ俺には不釣り合いなんだから……」

「あなたは自分に自信が無いだけではないですか!? 現にこうして孫のまた孫である俺が存在している! あなたはあの女性と結ばれるんだ! 結ばれるべきなんだ! 今は不釣り合いかもしれないけど、未来は変えられる! あなた自身が変われば未来はいくらでも変えられる! 行ってください!」

「よ、よく分からねぇけど、分かったよ。もともと玉砕覚悟で行く予定だったんだ。失うものなんてなにもねぇな! ありがとよ!」

 先祖は駆け出して行った。多分そっちは逆方向だろうけど。

 とりあえず現代に戻ろう。もし消えてしまったらどうしようか。まぁ、その時はその時か。


 現代に戻ってきた。俺の身体は……しっかり残っていた。ということは、おそらく、告白は無事に成功して結ばれたんだろう。

 なんで俺が先祖の恋の応援なんてしてんだろう。俺らしくもない。まるで、職場のあの後輩みたいなことしちゃったな。


 ……あれ? そういえば、職場の後輩……。スーツ……。俺もスーツ持ってたっけ……。うちは貧乏だからといって買ってもらえず、親から「一張羅」にしろと言われて貰ったスーツ。結局スーツのいらない職場を転々としているからすぐにクローゼットに閉まってそれっきりだけど……。後輩のスーツ、さっきの先祖が来てたスーツと似てるな……。

 そして、大事なことを思い出した。あの後輩の名字、俺と一緒だ。


 ……なるほど。


 数日後。俺は気になっている職場の女性に、玉砕覚悟で勇気を持って話しかけてみた。決して華やかではないものの、美人で大人しい、そして優しい女性である。その女性もまた、以前俺が職場で読んでいた本が気になり、それから読書が好きという共通点を見つけて話しかけようとしてくれたという。

 すぐに意気投合し、めでたくお付き合いをすることになった。


 職場の後輩は、俺がタイム・スリップして先祖と話をした時以来、会えていない。突然消えるように退職したという。


 もしかすると、あの先輩はタイム・スリップしてきた俺の子孫だったのかもしれない。

 俺は自分がモテない理由の全てを境遇のせいにしてきた。しかし、よく考えてみると、この間話した俺の先祖も、同じような境遇の中で素敵な女性に出会い、そして結ばれている。

 俺に足りないのは過去から現在の境遇ではなかった。俺が本当に欲しかったのは「ほんの少しの勇気」だったんだ。


 ※


 タイム・マシン。タイム・トラベル。タイム・スリップ。

 これが実現すれば、どんなに楽しいものだろう、不思議なものだろう。考えただけでワクワクする人も多いだろう。

 しかし、それは未だに実現していない。

 その理由の一つが、「現代を生きる我々が、未来人や過去人に遭遇したことがない」からだ。それはつまり、未来からも過去からも、タイム・マシンを使ってこの現代という時間にタイム・トラベルやタイム・スリップしてきた人がいないからに等しい。


 では、こう考えみるとどうだろうか? 

 自分の身近にいる人が、実は正体を隠した「タイム・トラベラー」だったら。

 自分の人生を左右する誰かの助言。それは自分の未来が大きく左右されることになる。過去も同様で、過去が変われば未来も変わる。

 誰かに自分の人生を左右される助言をされた。あるいはこれからされる人もいるだろう。それはひょっとして、「タイム・トラベラー」かもしれない。

 それはつまり、もう既に「タイム・マシン」が存在していることに等しいといえよう。

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