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【読書ノート】『麒麟の翼』

『麒麟の翼』
東野圭吾著


男性が亡くなった場所は、日本橋麒麟像の真下だった。被害者の名は青柳武明、ナイフで胸を突かれていた。

中原香織はアルバイト先の総菜屋で閉店準備をしていた時、同棲中の八島冬樹から電話がかかってきた。八島はただ「まずいことをしてしまった」と言った後、即座に通話を切った。


物語のなかで、様々な形でひとが嘘をついたり、物事をごまかしてしまうことが、わかる。

①中原香織は同棲中の八島が、何かまずいことをしてしまったことを、警察に隠してしまう。

②水泳部顧問・糸川肇は、青柳悠人(被害者の息子)や、杉野達也らが、部活の後輩・吉永智之をリンチの末、寝たきり状態にしてしまっていたことを無かったことにする。

③被害者・青柳武明が勤める
会社は、組織的に労災隠しをする。

④悠人の同級生だった杉野達也は、吉永智之へのリンチは、悠人の単独行為だと嘘をつく。

「日本橋麒麟像」とは何か?

日本橋は江戸時代からの商業の中心地であり、日本の経済や文化の発展を象徴している。総合すると、日本橋麒麟像は幸福や繁栄、商業と文化の発展、伝統と精神的な価値観を象徴する。


物語の主題は何か?
ひとは当たり前のように嘘をつく。嘘も方便、人間関係を円滑にするために嘘は、必要なことで、そこには正義さえあると思ってしまったりする。

正義というものは何かということなのだと思った。

青柳武明は、杉野達也の話を聞いて、リンチの実態を把握した。杉野がどんなに嘘をついても、わかってしまう。そして、それが故に、刺されてしまう。瀕死の状態で向かったのは、日本橋麒麟像だった。

神様のいない世界というのは、こういうことなのだなあと改めて思わされた。ひとにとって恐るべきことは、他人からの評価であり、周りからの評判だという世界。

よく、法律を犯さなければ良いとか、証拠がないから大丈夫だとか、いうけれど、神様に対して罪を犯したという認識が疎いのだと思う。

西洋キリスト教社会はすべて善人かというと、そうでもないわけで、

結局のところ、人間は罪を犯してしまう。そう思うと、宗教観を持つことは、大事なことなのだと思ったりした。

日本は、自然崇拝というか、壮老思想というか、『方丈記』で、鴨長明が、世捨人のように、世間から離れて、世の儚さを嘆くのが、賢人だという思いになりがちなのだけどね。


日々祈りながら、人間社会の中で、神様の視点から見た正義を貫いていくこと、一方で、周りの人間との争いも避けて生きていく道を模索していくことなのだろうと勝手に思ったりした。

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