江戸時代の調味料 煎り酒について
煎り酒とは、誤解を恐れず言えば
「日本酒と梅干と鰹節を煮詰めたもの」である。
古くは室町時代の史料に登場するが
その実態が分かるのは江戸時代のことである。
醤油の普及につれて、影をひそめたが
近年煎り酒は商品化されその数を増やしている。
あらためて歴史をまとめるとともに
その魅力を探りたい。
1、史料に見る煎り酒
①記録上、600年前には存在していた
煎り酒は『鈴鹿家記』という京都の吉田神社の神官の家の記録に見られるのが初出と言われている。宴のメニューが書かれている中に、指身(さしみ)として鯉が、ワサビとイリ酒と共に出されたことが記録に残る。ここでいうイリ酒がどういうものなのかは全く分からないのでその実態は後世を待つこととなる。
②400年前の料理書には作り方が書かれている
その全容が明らかになるのは1600年代のことである。江戸時代の料理書である『料理物語』に煎り酒の作り方が記される。
鰹節と梅干しと日本酒(古酒)と少しのたまり(味噌を作る際に出来る上澄み液)を半分になるまで煮詰め濾して冷ましたものであることが分かる。初めに煎り酒の定義で「鰹節と梅干しと日本酒を煮詰めたもの」と紹介したのは『料理物語』を根拠とする。
また『料理物語』では別のレシピとして
として紹介されていることも付記しておく。
③300年前のレシピを見てみよう
1714年の『節用料理大全』という料理書では醤油が加わる。その内容は
となり、塩や酢も登場することが分かる。また『節用料理大全』では『料理物語』と同様に精進の煎り酒、早煎り酒も紹介されている。
より複雑なレシピとなっていることが分かる。
江戸時代の料理書に見られる煎り酒の用途
江戸時代に煎り酒がどのような用途で使われていたか主なものを挙げる。
なます(鱠・膾)
さしみ(刺身・指身・指味・差味・差*) *=身へんに弓
雑煮
おひたし
酢の物
汁物
やきもの
であるが、なます、さしみが主となる。なますとは切り分けた肉や魚に調味料を合わせたもので、さしみと似るが、さしみは後世に発展したもので薄切りにして食べる直前に調味料をつける。
いずれにせよ、生食の調味料としてよく用いられていたことが分かる。
現代の煎り酒
さて、江戸時代の煎り酒の作り方や用途を概観したが、現代においてもその脈流は受け継がれており私達が味わうことは可能である。
ひとつの方法は市販品を購入すること、もうひとつの方法は自作することである。
市販の煎り酒
煎り酒の市販品を2つ購入して試してみた。この2つは液色や成分表示を見ていただければ性格を異にすることが分かる。
片方は醤油、梅酢、かつお節エキス、砂糖、昆布エキスが中心となり現代におけるめんつゆに近いものがあった。
もう片方は醤油を含まず、塩、鰹節、昆布、梅、椎茸を中心とした構成となっていてあっさりとした味わいがあった。
いずれにせよ前述の『料理物語』に登場するレシピと比較すると複合的なうまみをプラスした商品であることが分かる。
原点回帰する煎り酒
一方で手作りの煎り酒のひとつの傾向としてシンプルなレシピが特徴となる。『暮らしの手帖』では日本酒と梅干しと鰹節を材料とするレシピが紹介されており、これは『料理物語』のレシピと限りなく近い。
自作の煎り酒
これらを踏まえて煎り酒を自作してみた。材料はシンプルに日本酒に梅干しと鰹節を加え、日本酒が半量になるまで煮詰めて冷やし濾してみた。日本酒は市販の料理酒では無く、飲んでも美味しい町田酒造の純米酒を使用し、梅干しは塩分20%の白梅干しを使い、鰹節はスーパーで手に入る市販のものを使った。
結果、梅干しの塩味と酸味、鰹節の旨味と風味が良く繊細な味わいで、特に白身魚の刺身との相性が良いことが分かった。
まとめ
古くは600年前には存在し
江戸時代においては主たる調味料のひとつだった煎り酒。
食卓に「歴史」を取り入れてみてはいかがでしょうか。
表紙
竹塚翁東子 [作] ほか『磨光世中魂 : 2巻』,[寛政2(1790)]序. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/9892665 (参照 2023-03-27)
参考文献
大久保洋子「煎り酒について」『日本醸造協会誌』112巻 3号 2017
大久保洋子「江戸の調味料」『日本調理科学会誌』Vol.47 No.4 2014
青山佐喜子ほか「関西のうす味、うす色食文化の形成とうすくち醤油の利用に関する研究(第一報)江戸期の料理本に見るしょうゆの出現性と地域性」『日本調理科学会誌』Vol.37 No.1 2004
河野一世「かつお節とかつお節だしに関する調理科学的・食文化的考察」『日本調理科学会誌』Vol.41 No.1 2008