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豆乳粥の機微。|エッセイ
ひとり暮らしをしていたときは料理がたのしかった。3日に一度はスーパーへ行き、脳みその記憶を頼りに冷蔵庫の中身や調味料を思い出しながら食材を購入していた。なるだけ旬のものをありがたくいただき、大切に料理したあの頃が懐かしい。
脂のりのり鯖とお豆腐の甘辛煮
夏野菜と豚の梅しそ炒め
シャキッと蓮根とひき肉のはさみ揚げべっこうあんかけ
熟れたトマトと牛肉の生姜醤油炒め
甘いとうもろこし入りマカロニサラダ
かぼちゃのほっこり煮
ハンバーグに木の子のデミグラスソースがけ
シャキシャキもやしのとん平焼き
てりてりぶりぶり鰤大根
青のり香る塩唐揚げ
ぎゅうぎゅうジャンボ焼売と温野菜
ぱりぱりソーセージと冬野菜たっぷりのキムチ鍋
わかめと大豆のかちりご飯
とろふわぷるんだし巻きたまご
などなど、ここには書ききれないほど料理した。料理中はじぶんの知識をすべて活用した。そして、週に一度は友だちや職場のひとと外食しては、こころに残った料理の味を記憶してじぶんの味へと昇華、更新していた。
わたしは料理をすることは得意だ。
料理をする前に切った野菜を味見してどの調味料を加えればどのような味になるのか舌と感覚でわかった。
道をどこかで間違っていたら料理の鉄人になっていたかもしれない。ダンディズムの権化、鹿賀丈史氏の「私の記憶が確かならば…」を生で拝聴できたかもしれないのだ。たぶん。
いまでもじぶんで料理したものを食べたくなる。しかし、実家にいると料理はしなくなった。というよりもできないのだ。じぶんルールバキバキの母が使用した調理器具や食器を母指定の場所へ寸分狂わず置かなければいけないし、母の監視がいちいち入るのが苦痛で作らなくなった。この家は小さな小さな全体主義なのだ、つらい。
わたしは7月にコロナに罹患してすこし熱が下がった頃、滋味なやさしさを感じるものが食べたくなった。食欲があるということは回復の兆しだ。
わたしは、母が不在でいまがチャンス、と手をしっかりと洗い、冷蔵庫の中にある豆乳と味噌を取り出しパタンと閉めた。そして、ティファールでお湯を作った。
小さな鍋に少量の水と豆乳を入れ、そこへご飯を入れる。弱火にかけて煮立つ前に軽く混ぜる。そこへ出汁の素と塩を少々。やわらかくかき混ぜて火を消したあとに味噌をほんのすこし加えてかき混ぜる。
そのまま1分くらい味をなじませている間に小皿へとろけるチーズと茹でしらすを載せてごま油をテーブルへ配膳する。
ティファールのお湯を底の深い器へ入れて軽く温めてその湯を流す。ぽかぽかの器へ豆乳粥を入れて配膳して、できあがり。
着席すると、ふわりとやさしい香りがした。わたしは「いただきます。」と合掌して、木のスプーンでそっと豆乳粥を掬い、ふうふうしてからいただいた。
あつあつとろんはふはふ。
どこまでもからだになじむやさしい味。お米の輪郭は溶けてなくなり豆乳と淡く交じっていた。
コロナの症状で味覚と嗅覚を半分失ったけど、ゆっくりと味わうと遠くで味噌のまろやかな風味を感じた。
豆乳粥の機微は、派手さはないが地味で滋味な繊細さで構成されていた。
わたしは、半分いただいた頃合いで茹でシラスを入れた。それを舌に載せるとしらすのかたちが際立ちほんのり甘く感じた。
そして、次はとろけるチーズを入れた。豆乳粥の余熱で角が溶けたチーズをいただくとほんのり塩気が強くなった。
そのときに「ありゃりゃ。」と気がついたけど、ごま油は今回は必要なかった。
そっと首筋から汗が流れた。からだの芯からぽかぽかして、夢中で平らげた。
空の器を見ると「ふう。」とからだからしあわせが漏れた。それはそこはかとない自愛であり慈愛でもあった。
ひとが生きていくためには、たくさんのいのちを刈り取って生きているのだ。ひとが背負うべき業。そのことだけは決して忘れてはいけない。
わたしは「ごちそうさま。」と合掌し感謝した。
そして、ティファールに残したお白湯さんに水を足して解熱剤を呑んでテキパキと片付けをした。母にバレると厄介なのできっちりと元あった場所へぴたりと片付けた。
歯を磨いて二階へ上がる頃に母の車が庭の砂利をつぶす音が聴こえた。わたしは慌てて階段を登った。
そして、体温計で計測するとまだ熱はあったけど、しあわせでみちみちに充たされた。そのしあわせを嗅ぎ取ったのか、いとおしいねこに頭突きされていっしょに布団へ潜り込んだ。
𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊𓂅𓎩𓌉𓇋𓐊
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