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アーモンド・スウィート

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2020年9月の記事一覧

アーモンド・スウィート

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 東神田小が終業してお茶に水の進学塾に向かう。これが倉岳人志たち一部の生徒の毎日の生活だ。人志は三年生に上がったときから今の塾に通っている。小学校生が鞄で背負う教科書とノートなどの総重量が10㎏あるらしい。進学塾で使う四教科のテキストとノートの総重量も10㎏あるそうだ。もうすでに大変だという気持ちもない。それが自分たちの日常。
 この日常は中学に入ってもおそらく変わらない。私立の中高一貫校に入った

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 渡辺理加は父自慢の望遠鏡で、天空を今日も、夕飯まえもあとも見ている。今日も父は帰りが遅くなるようだ。毎週末は決まって父と一緒に望遠鏡を覗く。暑く蚊の多い夏も、寒さにコートだけでは足りず毛布を父と包まる冬も、曇りと雨と雪の日以外はいつでも星を眺める。夜空を見ているときが一番好きだ。
 宇宙(そら)の果ては本当に真っ暗なんだろうか。光がないだけでなく音もない空間と父は教えてくれたが、臭いも当然ないだ

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 自分の部屋で考え事をしている秀嗣。今日の午後に行われた、校外学習の班分けのことを思い出して頭の中はいっぱいになっていた。
 渡辺珠恵の横に立ち、ときどき珠恵に顔を見ながら、クラスを様子を見ていた。はっきり言えば、珠恵の顔と彩葉の顔を交互に、見ていた時間の方が長かった。彩葉は班分けの流れを見ているのに集中して感じで、秀嗣のことを観察している様子は薄かった。珠恵は教台に両腕を伸ばして置きどうどうと班

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 かつおとこんぶ、そして新鮮な魚で作った天種、大根、ウィンナーソーセージ、ロールキャベツ、巾着などが入ったおでんの良い匂いが、秀嗣が座っているテーブルにまでくる。鼻だけで至福だ。
「はい。すじとつみれと巾着」
 柿境月姫が、彼女の母のサービスで秀嗣に出してくれたおでんの皿を持ってきてくる。
「ありがとう」と言って、秀嗣はさっそく割り箸を割ってすじを半分にして食べ始めた。
 月姫は夕方の人の多い店内

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 中嶋彩葉は怒っていた。自分に対して、そして遊海秀嗣に対して怒っていた。
「ばッかじゃない」
 秀嗣が渡辺珠恵、渡辺理加と一緒の班になったときに、一瞬嬉しそうな顔をしたのを彩葉は見逃さなかった。
 なんであんなバカに自分が好かれているなんて勘違いして、バカに告白させようと今日一日悶々していたんだろう。昨日まで口だってまともに利いたこともないのに。朝の一瞬に魔が差さなければ勘違いもしなかったろうに。

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 放課後、下校途中。山崎三保子は下向きながら歩いてる。三保子に歩調を合わせるようにして横に並んで歩く遊海秀嗣。
「なんで山崎が最後まで残ってたんだよ。友達いないのかよ」
「分からないんだ。(菅原)葵ちゃんと一緒に成ろうと思ってたんだけど、(山川)絵美ちゃんと(柿境)月姫ちゃんとくっついちゃったし。三人の声をかけたのが金里(穂乃佳)さんでしょう…嫌だな、と…ねえ。(永井)苺ちゃんは今日もお休みしてい

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第一班 倉岳人志 稲垣邦孝 李萬寿 藤巻姫愛 藤田利恵子 松本香織 永井苺

第二班 川和田康弘 山田豊臣 柳瀬幸輔 中嶋彩葉 矢崎芙巳子 田中千鶴

第三班 遊海秀嗣 菅原忠夫 染谷武尊 渡辺珠恵 渡辺理加 山崎三保子

第四班 青山満月 千々岩麿実 平石輝 鈴木博一 米山英瑠 島根紀子 矢沢美佐子

第五班 高杉晋作 加藤基之 初谷泰志 蒲池福市 秋元凜々花 佐久間瑠衣 加瀬和歌

第六班 及

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 秀嗣と彩葉は職員室から持ってきた理科資料教材四〇冊を教台の上に置き、千鶴もプリントを教台に置いて自分の席に着いた。 
 秀嗣が自分の机の所に戻ってみると、自分のイスだけがなくなっていた。すぐ後ろに席の加藤基之を見ると、基之は真顔で「知らない」と首を振る。秀次は溜め息をつき、前の席の松村義隆の肩を叩いた。
「俺のイス、どこやったよ!」と義隆がどうにかしたと決めつけて聞いた。
 義隆は端からみると情

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 秀嗣が音に聞かせた話しは、先日の朝の職員室のところから始まった。 

 毎日朝から職員室は、クラス担任の先生方と、一年生から六年生までのクラスの生徒たちがいつも沢山居る。先生に頼まれてプリントを持ってクラスに帰る者、逆にクラス全員分の宿題を持ってくる者、朝から呼び出され怒られている者、保健室に行く前に挨拶だけしにくる者、午後から学校を抜ける担任の先生に代わり自習させる為の準備に呼ばれたクラス代表

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 五年三組の大垣音(りずむ)と秀嗣は同じ地区の保育園に通っていた。あと一人、同じく三組の角谷紅愛(くれあ)と三人は、保育園時代に一緒にママたちと共に保育園へ登下校をしていた仲だ。恋心をなどない兄弟のような感じで、園へ通う道でも帰る道でも駆けっこしたりぶつかったりしてきた。特に音と秀嗣は姉弟のような兄妹のようなこそばゆい不思議な関係だった。音は一人っ子だったので、秀嗣との姉弟のような関係は毎日が楽し

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 染谷武尊(たける)は幼い頃からアトピー性皮膚炎に悩まされてきた。お米と小麦、卵、乳製品に強いアレルギー症状が出る。他にもいろろあり実際何を食べても息苦しくなる。痒いだけではなくアレルギー反応が口内、気管から気管支まで広がり、腫れるので気道を狭めて呼吸が辛くなる。毎日、軽い呼吸困難を起こして生きている感じだ。アレルギー症状で全身が痒くなったりして睡眠が損なわれたり、呼吸が苦しくて睡眠が損なわれたり

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 初谷泰志の両耳は生まれつき聞こえづらい。特に左耳はくしゃくしゃしたセロファンが耳の内側にいつもあるみたいに、人の声も車の音も風の音も回りの音も全部ガサガサと聞こえる。辛うじて右耳はたぶん普通の人の半分くらいの音量で聞こえると思う。正常な人がどのくらい聞こえるか分からないけど。いつも先生の声は遠くで聞こえている感じ。常に授業中は黒板の前に立つ先生をぼーっと眺めている。左耳の側で何か音がしても気づく

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 今の私たちと同じような時の流れ、社会、風俗、風景。でもちょっと違う別の日本です。(作者注)

 先の大戦から日本は千島列島、樺太、カムチャッカ半島を領土にしています。ロシアとの間で北方領土の主権を巡って七十五年以上小規模な戦争を千島列島、樺太、カムチャッカ半島でしています。
 六年従軍すれば年金が貰えます。十二年従軍すれば軍人恩給が貰えます。入隊は希望制です。千島列島、樺太、カムチャッカ半島は自

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 伴牧葉は中央線の座席に座り窓ガラスに頭をつけ、外を流れる景色をただ眺めていた。飛ぶように流れる景色は、遮光ガラスを通してみるからか、ヤケた写真のような一昔二昔まえの景色のようで現実感がない。遮断機で待つクルマも新しいのかもしれないが古ぼけて見え、待ってる人の服装も新しく感じられず流行落ちした古着のように思える。

 両親は優しい人達たちだったと思う。きっと自分が黙って家出をして、このまま名古屋ま

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