アーモンド・スウィート
渡辺理加は父自慢の望遠鏡で、天空を今日も、夕飯まえもあとも見ている。今日も父は帰りが遅くなるようだ。毎週末は決まって父と一緒に望遠鏡を覗く。暑く蚊の多い夏も、寒さにコートだけでは足りず毛布を父と包まる冬も、曇りと雨と雪の日以外はいつでも星を眺める。夜空を見ているときが一番好きだ。
宇宙(そら)の果ては本当に真っ暗なんだろうか。光がないだけでなく音もない空間と父は教えてくれたが、臭いも当然ないだろうし、暑くも寒くもないのかなぁ。
もし一人で宇宙に飛び出し、果ての果てまで行ったら寂しい思いにかられ泣きたくなるのかな。それともエベレストの頂上に始めて上った人のように感動で寂しいなんて思いもしないのかな。もしかして、感動しても寂しいのかな。
宇宙の果てまで行く間に、何人(何匹?)の宇宙人(宇宙生物)と出会えるのかな。やっぱり一人の宇宙人にも出会わず宇宙の果てまで行き、それもあって寂しくなるのかな。
理加は渡辺珠恵ちゃんのことも好き。女の子が男の子を好きになるように好き。いやそれ以上だ。一人の人として好き。理加には兄弟姉妹が居ないので、姉妹のような感じでもあり、憧れの存在でもある。神秘的にいえば、もうひとり理想の自分のような気がする。同じ渡辺で、同い年で、同じ女の子だから。
珠恵ちゃんに何度も一緒に星を見ようと誘っているけど、まだ一度も理加の家に来てくれない。理加が感動する物を見て一緒に感動してくれて、同じ思いで通じ合いたい。沢山の星の色、形、伝説を教えてあげたい。一緒に宇宙の果てついて、宇宙の中心についてワクワクしておしゃべりしたい。なののに珠恵ちゃんは理加の家に一度も来てくれない。平日は塾が毎日あるからと来てくれない。たぶん趣味じゃないし天体に興味がないのかもしれない。
理加は珠恵ちゃんが好きなものは何でも好きなるようにしている、のに。珠恵ちゃんも理加の好きな物を好きになって欲しい、のに。
珠恵ちゃんは勉強ができる。頭も良い。信条は、常にバランスを大事にしている。出しゃばり過ぎない。だから誰からも恨まれない。友達も多い。なんでも珠恵ちゃんを中心に輪が出来る。珠恵ちゃんの家は学習式の塾をしていて、お母さんもお父さんの頭が良い。そして優しい。珠恵ちゃんはお母さん似で、親子で美人だ。ある日、銀座を歩いていたら年の離れた姉妹ですかと、街角インタビューをしていたテレビ局の人に言われたらしい。本当に珠恵ちゃんのお母さんは若くて美人だ。きっと珠恵ちゃんも大人になったらお母さんに負けないくらい中身も見た目の美しい女性になるだろう。最近、珠恵ちゃんは家の塾を出て、お茶の水にある進学式の塾に通い始めた。その塾は一組の倉岳人志くん、青山満月くん、鈴木博一くん、中嶋彩葉さん、隣の二組の田邊聡実さん、渡辺優香里さんなども通っている偏差値の高い私立の中学を受験する人達が集まっている。珠恵ちゃんは現在、勉強での成績で中嶋さんと競っている。自分の家の塾のテキストではカバー仕切れない範囲まで教えている進学塾に通っている中嶋さんに、かなり嫉妬して、本来もっている負けず嫌いの炎をメラメラと燃やしている。だから同じお茶の水の進学塾に通い始めた。理加は公立の中学で良いと思ってる。本当は一緒に自分もお茶の水の塾に通えばいいのかもしれないけど、星を見る時間を削ってまで頑張って勉強に熱を上げたくない。だから一緒の塾まではいかない。それでも珠恵ちゃんのお父さんお母さんが教えてくれる塾には通っている。もしかしたら、進学塾から帰ってきた珠恵ちゃんか、塾のお休みの日の珠恵ちゃんに会えるかも知れないと期待しているから。
息抜きでもイイ、一度でイイから理加の家に来て、一緒に星空を見たい。
(つづく)
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