自律神経失調症について

精神科医としてのキャリアが20年を超えて、これまで精神科医として診断面接を行った実患者数は5000名は優に超えました。そのキャリアの中で、絶えず目にする耳にする、不思議な病名があります。

自律神経失調症…

私が研修医(当時は最初から精神科医としてのキャリアを歩み始めました)として仕事を始めて、6年間の医学教育の中で一度も出会った事のない、当然、医師国家試験にも全くでない病名を頻繁に目にしたり、耳にしたりするようになりました。

それが、「自律神経失調症」です。医学書にも精神医学の教科書にも載っていない病名については、先輩医師に聞くこともはばかられるので、怪訝に思いながら過ごすうちに、何となく意味するものが分かってきました。

1つは、精神疾患の診断名の告知をいかに行うか、という課題が2001年当時はまだ深刻にありました。2002年8月に精神分裂病が統合失調症へと呼称変更され(英語では今も昔もschizophreniaです)、そのおどろおどろしい病名に伴う負のイメージの払拭(ふっしょく)に、精神医学会が取組始めた、そんな時期でした。当時の日本精神神経学会のアンケート調査でも、統合失調症の病名告知をするかというと、およそ半数がしていなかったと思います。2007年、第102回日本精神神経学会総会でのシンポジウム「精神科医療における病名告知」(日本精神神経学会雑誌.109 (5): 459-462, 2007)で、シンポジストが行った900名弱のケースで、15%は病名告知を受けていないとなっています。2021年現在も、まだこの告知問題は完全に解決されていないと思います(私は医師キャリア通じて、ほぼ100%告知していますが、少数派かもしれません)。

精神疾患に対する差別偏見意識をスティグマ(Stigma)と呼んでいます。私が精神科医を志した理由は、自分自身がスティグマを有していたということに気付かされたという原体験からですが、そもそも、1990年代は「がん」の病名告知すら、本人には半数以下にしかなされていませんでした。

そのような時代背景の中で、統合失調症をはじめとする精神疾患の告知を、オブラートに包んだ、いわば隠語的診断名として、「自律神経失調症」が使われていました。2000年代初期はまだ、そのような時代だったのです。そのため、患者さんやその家族から「『自律神経失調症』で治療を受けている、治療を受けたことあある」とお聞きしても、その実態は何なのか、、、ということで、一から診断面接を必要としていました。したがって、「自律神経失調症」なる不思議な病名が、世間に流布してしまったのは、私は精神医学界全体の責任も大いにあると思っています。

2つめは患者さん自らも「自分が精神疾患で苦しんでいる事を認めたくない」がために、オブラートに包んだ表現・耳障りの良い表現、を望んでいるという現実です。残念な事ですが、統合失調症はおろか、過労や過剰なストレスで誰しもが陥りうる「うつ病」にすら、2021年現在も、未だにスティグマが強い・・・。明らかな「うつ状態/うつ病」であっても、ご本人は「私は『自律神経失調症』だと思うので、休養の診断書を書いてほしい」「『うつ』と言われてショックでした」と仰ることが、2021年になっても絶えません。

3つめは、精神科以外の領域の医師が、様々な心身の不調(不定愁訴)を訴えられ、専門医として問題が無いと思った場合に、「患者さんをあしらう病名」として、採用してしまっているという実態があるものと思います(暴論だとお叱りを受けるかもしれませんが・・・)。このことは下記に記すベンゾジアゼピン系処方薬の問題からも、実態とかけ離れていないとおもいます。

そもそも自律神経の活動性には揺らぎがありますし、高ストレス下にあれば、様々な自律神経症状が出るのは、医学的・生理学的にも至極妥当な事です。ですが、それらはストレス反応の結果ですし、「純粋な自律神経症状だけ」で悩まれて、勉強や仕事や家庭生活に支障をきたすケースには、まず、お目にかかれません。不安症状、うつ症状、睡眠障害、その他の精神症状が伴っています。

軽度のうつ症状・うつ状態・不安障害であれば、心理療法(=カウンセリング)が第1選択です。ですが、安易に「自律神経失調症」との診断の下、医療機関を訪れて(多くは非精神科)、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬を処方されている方は多いです。

第115回日本精神神経学会学術総会にて高度な専門的治療を担っているはずの大学病院ですら睡眠薬の処方の6割以上は、精神科・心療内科以外の診療科から処方されていることが報告されています。街中の一般病院や診療所ではその比ではないと推察されます。また、睡眠薬を処方する精神科医・心療内科医の9割が症状改善後に睡眠薬を中止すべきと考えていると、同報告でなされています。一方で、依存性のない、抗うつ薬の処方に抵抗される方が極めて多いです。

これも、精神疾患への差別偏見意識=スティグマによるものだと思われます。多くの方々が、精神症状があるにも関わらず、専門医の受診および抗うつ薬を避けて、耐性(徐々に効果がなくなる)・依存性(ベンゾジアゼピン系の依存性は、実は覚せい剤より高い)の問題のあるベンゾジアゼピン系向精神薬を精神科・心療内科以外で処方を受けている方が多い事は、極めて重大な問題です。

私の日常的な診察でも、「わたしは『自律神経失調症』ないし『不眠症』であって、『うつ状態ないしうつ病』ではないのだから、安定剤や睡眠薬が欲しいだけであって、抗うつ薬は絶対に飲みたくない」という趣旨を仰られる方が多い一方で、効果が一時的であり、本質的な症状改善には役立たないどころか、依存性が高く治療のゴールが無くなる可能性のある処方薬を希望されるという医学的にはありえないリクエストをだされるので、その事について説明を重ねますが、なかなかご理解・ご納得いただけず、苦慮する事は日々経験するところです。

話が随分それてしまいましたが、、、

「自律神経失調症」という正式な医学的病名はありません。

「自律神経失調症」の名の下に、適切なカウンセリング(心理療法)・薬物療法(特に精神科以外で)にたどり着けず、途方に暮れる方が1人でも少なくなれば、この記事を書いた価値はあるかと思います。

マイシェルパは、適切なカウンセリングを提供するプラットフォームです。信頼すべき、メンタルヘルス・プロフェッショナルをどう見分けるべきかについて、カウンセラーの資格の信頼性信頼できる臨床心理士・公認心理師、についても記載しています。

1人1人のメンタルヘルスに関するリテラシーの向上が、2021年現在も大きな課題となっていると思います。

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