「すみません」って言うな!!!
職員室に、大きな声が轟いた。
私は、耳を塞ぎたい衝動を何とか堪えて、下を向き、首を竦め、目を瞑った。
声は真上から降り続けてくる。
「”すみません”なんて言葉はききたくない!!!
私はな、”すみません”って言葉が大っ嫌いなんだ!!!
おまえの”すみません”はかるいんだ!!!」
反射的に顔をあげると、吊り上がった切れ長の眼と、いつにも増してくっきりと存在感のある眉間、興奮で震えた紅い頬がグッと眼前に迫ってきて、私は顔をあげたことを後悔した。
あまりの迫力に気圧された私は、あろうことか「すみません」と口走りそうになり、慌てて口を噤む。
どうしたらいいの・・・とベソをかきそうになるのも束の間、その人は明確にどうすべきかを伝えた。
「出てけ!!!」
私は身を小さくしたまま、足早に職員室を後にした。
規則通り、「失礼します」とお辞儀をしたか、ドアを閉めたかは、記憶がない。
気づいたら私は、305 の教室の端にいて、友人たちに手を握られ、肩を抱かれて、ひっくひっくと嗚咽を漏らしていた。
嗚咽まじりに、言われた言葉を ー「”すみません”なんて聞きたくない、"すみません"なんて大嫌いだ」と言われたことをー 伝えると、友人たちは色めき立った。
「あのババア...本当に...」
普段は優しくて温和な友人が、肩を目一杯そびやかし、低い声で唸る。乱暴な呼び名を使ってはみたものの、結局罵る言葉に窮しているのをみると、ふっと笑いが溢れた。
私は顔を上げ、ボタボタ溢れる涙を拭いて、言葉を継ぐ。
「ほんとだよ、あのババア。すみません以外、私に何を言えっていうの。」
普段の勢いを取り戻しかけた私を見て、友人たちはここぞとばかりに同調してくれる。
「ほんとだよ、すみません って謝ってるんじゃんね、こっちは。」
「しかも、チヨコ悪くないし。理不尽すぎ。」
「ごめんで済むなら、警察いらん みたいな?まじ、大人気ない。幼稚園児かよ。」
最後の発言に、私たちは笑い声を弾かせた。たぶん、いつもより大きく。
大丈夫、の合図である。
私たちの方になるべく目をやらないようにしつつ、利き耳をたてて張り詰めていた教室の空気が、少し緩む。
友人たちは水を得た魚のように「ババア」への不満と反論をぶちまけて私を笑わせ、私たちは「まじでありえない」「信じられない」を毎分5回くらいのペースで繰り返して、昼休みを終えた。
「おまえの”すみません”はかるいんだ」と言われたことは、とうとう、言えなかった。
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中学3年生。私は、陸上部の部長だった。
「ババア」もとい「ヤヨイ」は体育教師で、陸上部の顧問だった。
50代半ばのベテラン体育教師らしく、規律と風格に溢れた彼女は、とても厳しい先生として有名で、自分の部活の生徒 ー特に部長なんてものについてしまった私への風当たりは凄まじかった。
このときも、きっかけは小さなものだった、と思う。
エントリーシートの書き込みをミスしたときだったか、練習後の片付けに時間がかかって下校時刻が遅れ、当直日誌に「陸上部」と書き留められたときだったか、駅でおしゃべりしてたのがバレたときだったか、思い出せない。
でも、とにかく彼女は怒っていて、私は、あぁまた怒らせてしまったと焦っていて、職員室で「すみません」を繰り返していたのだった。
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5限の授業は歴史で、私は窓越しに、ヤヨイの50代とは思えない俊敏な動きを眺めていた。
本当は、わかっていた。
ヤヨイは、正しい。
彼女が「おまえの”すみません”はかるいんだ!」と叫んだとき。
刺されたように鋭く痛む胸が、真実だと告げていた。
「すみません」なんて「ごめんなさい」なんて、思ってなかった。
私の「すみません」は、彼女の怒りを鎮めるための手段であって、その言葉に意味はなかった。
お見通しだった彼女からしたら、それは大層腹立たしいものだっただろう。
はじめて、ごめんなさい と思った。
誤魔化して、向き合わないで、真剣に聞かなくてごめんなさい、と。
真実から目を背けて、悪口を言ってごめんなさい、と。
久しぶりの「ごめんなさい」は不思議な感覚だった。
ズン、と沈んで重く、苦しかった。
ずっとどこかに浮かんでいた「怖い」という気持ちが、すっと消えていった。
許してもらえるか、とか、今回はどれくらい怒られるだろうか、とかが、急にどうでもよくなってきたのだ。
「ごめんなさい」
心の中でつぶやいて、直接言うことはないかもしれないな、と思った。
私が言いたいから言うものではないらしいことが、やっとわかってきたから。
彼女側の準備が整って、はじめて口にしていいものだから。
窓の外から、ピピーッといつもの数倍は大きいホイッスルの音が聞こえる。
あの滾る怒りを見る限り、当分準備が整うことはなさそうだ。
まあそれはそれだ、と私は思う。
今日の練習は、頑張ろうと思った。
誰からも、一言も、文句のつけようがないくらいに。
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「すみません」と「ごめんなさい」の言葉の重みを教えてくれた、部活の顧問の先生の話です。
その先生とは、その後も部活の運営を通し度々怒られ、幾度か涙することもありましたが、
私が「すみません」と言って、怒られることはなくなりました。
卒業間際、ヤヨイに「お前は本当に頑固なやつだ」と言われたのが、彼女に認められたみたいでとても嬉しかったな〜
▶ 本日はカカオ65%くらいかな。
2020.05.14
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▽ こちらは甘め。味見いただけたら嬉しいです。
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