富士フイルムフォトサロンで個展 :大事なのは、その写真に物語があるかどうか
画廊ではない、美術館でもない場所で
個展をしたい
2014年当時、公立美術館での個展もすでに6回と数をこなしてくると、ちょっと飽きが生じて、変化を求めたくなる癖のある私が思いついたのが、全国に5拠点ある富士フイルムフォトサロンのうち、福岡サロンで個展をすることでした。
ただ相手は、世界規模のシェアを誇っていたフィルムメーカー:FUJI FILMです、合成加工ばかりの私のような作風は好まれないだろう、という危惧もありましたが、「当たって砕けろ」精神で臨みました。
さっそく、代表電話に問い合わせをすると、実際の作品を見せてほしいとのことで、樹脂合板に貼り付けたA2ほどの作品を数点持って、福岡支社に車で向かい、担当のI氏と対面しました。その後は、何度かメールで細かな打ち合わせを繰り返して、利用許可を頂き、ついに開催日を迎えることになったのでした。
2014年4月10日搬入
~ まるで招待作家のような待遇!
自家用車でテナントビル1階の契約駐車場に乗り入れると、担当のI氏が待っておられました。他に展示準備のためのスタッフ2名も待機されており、作業はきわめて円滑に進みました。
今までは自分一人で試行錯誤の中、7時間以上かけて展示作業を行ったこともありましたが、ここではすべてスタッフの方が代行してくださいました。素人の自分とは違って、作品ごとに計測して、正確な展示位置を決めてゆくという丁寧かつ精密な作業で、仕上がりは整然とした調和と統一感があり、まさに慣れたプロの仕事でした。
今回、初めて、まるで招待作家のような待遇で、何もしないで見ておけばよい、という贅沢な時間を過ごすことができ、とても楽で幸せでした。
4月11日:初日
10時よりスタート。午前中は20名ほどの来場となり、まずまずの出足となりました。会場内の壁面長さは約40m、落ち着いたグレー色の壁で、適度の広さと高さがあり、外周の壁も含めれば、かなりの数の作品展示が可能です。
土門拳に学んだ恩師との再会
「大事なのは、一枚の写真に物語があるかどうかなんだよ」
それはお昼前の時間でした。ガラスドアの向こうに、見間違えることのない、あの懐かしいM氏の姿がありました。福岡での初個展以来、2度お会いして、写真のことでいろいろ貴重な指摘や助言をいただき、私の「恩師」と心の中でひそかに慕っていた、あのM氏です。
M氏「覚えている?」
私「覚えていますよ!」
M氏「ここ何年か病気のため、日によって体調が違ってね、今日はいいからでてきたよ」
それから、立ち話で1時間近く話したように思います。たまたまお持ちのデジカメの映像も見せてもらいました。日常のありふれた被写体ばかりでしたが、クローズアップや意表を突くアングル撮影が多くありました。
以下に、記憶をたぐりよせながら氏のコメントをまとめます;
まだまだお話したかったのですが、あとのご予定もあるということで、後姿をお見送りました。
「あなたの作品には夢がある」・・
これこそ、恩師から頂いた最大のほめ言葉でした。
午後は11名の来場で、合計31名で初日終了となりました。
4月12日:2日目
業者のY氏、来場
過去の個展では、土曜の午前中はあまり人は来ない傾向がありましたが、実際、わずか5人でした。午後に、思いがけず、パネル貼りでお世話になっている業者のY氏が、お知り合いを数人連れて見に来られたので、その時だけはいろいろと気楽に話すことができて、楽しいひと時となりました。
イスラムを見れば、3年後の世界がわかる
あとは、ひっそりと時間が過ぎるだけで、ひまにまかせて、「イスラムを見れば、3年後の世界がわかる」(2014年 青春新書)を読んで、これからは、妄信的で卑屈な欧米志向はやめて、アラブ世界を視野に入れて、日本人の特性を生かした活動をすべきなんだと、勝手に自分の中だけで盛り上がっていました・・・。
結局、2日目は14名で終了となりました。
4月14日:3日目
地元メディアの取材
午前中に、地元情報サイト運営をしているという社員が訪ねてきました。会場内を撮影していいかと聞かれ、一瞬躊躇しましたが、強く断る理由も見当たらなかったので、いいですよと言いました。
メディア系の取材が来ることなど今まで一度もなかったので、とても不思議に思いました。富士フイルムのほうで、地元情報誌サイトから全国区の雑誌等メディアまで幅広く広報活動をされているので、その関連で取材に来たのかもしれません。
これ、CGやろ
3人連れの男性が来ました。その中のひとりが、「これ、CGで作ったんやろ。」と言うと、別の人が、「本物の写真も使ってるみたいだよ。」と答えていました。以前も似たような印象を言われる方がいましたが、私はこう答えています;
「CGのようにゼロから作ったものはありません。全部、デジカメで実際に撮った写真で作っています。」
たとえば、以下の作品をご覧ください;
作品の中の「蒼白く光る球体」は、水滴のついた花瓶の一部を丸く切り抜いて少し色調整しただけで、30秒ほどの作業時間です。
これをCGや画像合成AIで創ろうとすると、それなりの専門知識と時間がかかるのではないでしょうか。
さて、来場者数は19名で「本日の営業終了」となりました。ちょっと危機感を覚えました。帰りに吹く風は、もう4月だというのに冷たかったです。
4月15日 :4日目
担当者I氏、来場
お昼前にサロン担当者I氏がちょっと立ち寄られたので、しばらく立ち話。さまざまな展示会と作家たちに接してこられただけに、貴重な話をうかがえました。I氏は、こちらの話を快く聞いて下さるお人柄なので、私もつい調子に乗っていろいろ聞いてみました。
自然の風景なら素人でも偶然に「傑作」を撮ることもできるだろうが、人間は撮るのが難しいこと、グループ展の工夫すべき点、海外の写真批評のあり方など、豊富な話題を提供してくださいました。
午後になると、緩慢な時間の流れとなり、午後4時をまわると、閉館時間の6時半をひたすら待ち望むだけとなります。
意身伝心
ただ今日から、田中泯 vs 松岡正剛の対談本「意身伝心」を読み始めたのですが、実に面白く興味深い内容なので、明日もつづきを読むのが楽しみです。文中、土門拳の次のような言葉が引用されていました、
“ 気力は眼に出る。生活は顔色に、年齢は肩に、教養は声に出る。”
本日は、17名で「開店終了」となりました。用意していた12種類の無料ポストカード30枚は、1枚残すだけとなりました。
4月16日: 5日目
海を撮るひと
「この絵(「逢着する記憶」)のポストカードありますか。」
そうたずねて来られた男性と話していると、海や波を撮るのがお好きだということでした。日本海の荒波や有明海の干潟などを撮り続け、ある時期からそれだけでは飽き足らなくなり、カメラ機能の多重露光で波を重ねたりしたとのことでした。写真合成の魅力にも話が進み、撮りためている閉門前後の干潟の姿を何とか画像処理して作品にできたらなと言われていました。
写真の合成が悪いのではなく、合成の仕方が大事なのです。「今日は久しぶりに楽しかった」と言われて、帰られました。私も有意義で楽しいひと時でした。
以下はその「逢着する記憶」
ちなみにこの作品は、2枚の画像:実際に撮った地元の海辺と、青いプレートに置いたドライアイスに水をかけて発生した煙を撮った画像を合成しています。
フォトガイド編集長、来場
午後になって、思いがけず、地元の写真情報誌 PHOTO GUIDE の編集責任者の女性が見に来てくださいました。このフリー情報冊子は、福岡中心に九州圏の写真文化情報に特化した編集方針であり、私も毎号を手に取って参考にし、自分の個展案内の広報も載せてもらっていました。
今年の有名な写真賞を受賞した作家のことを単刀直入にどう思うかお聞きすると、ある年度から自分は受賞作品に魅かれるものがなくなったと言われ、その点については私も同じ印象を持っていました。しばらく立ち話で、写真ギャラリー事情や美術館のあり方など、いろいろとお話をうかがうことができ、充実した時間でした。
ただ、コロナ禍を挟んでここ数年、情報メディアは急速にペーパーレス化に進んでおりますので、・・紙に馴染んだ世代の者としては、世の中がさらにどう変化してゆくのか気になります。
4月17日:最終日
さて今日でついに最終日となりました。午後2時からは撤去作業です。
ある中年夫婦
「これ、ステキですね、ポストカードもらっていいですか・・・こんなの初めて見た。作るのに時間もかかるんだろうけど、センスもないとね。これだけのことができたら楽しいでしょ。」
以下はその作品「予感」
ちなみに、この絵の下部右手の「不思議な輝きの球体」は、ビールの入ったグラスの画像から丸く切り抜いて少し色調整と変形加工をしただけです。
終了直前に来られた中年男性を入れると、この6日間で110名の入場者数となりました。
スタッフによる搬出作業は瞬く間に終了し、お世話になった富士フィルムのI氏や作業代行のお二人にお礼を述べると、小雨降るなか、車を発進させました。雨音の聞こえぬ車内で少し呼吸を整え、おもむろにオーディオパネルをタッチすると、バッハの平均律グラヴィア:リヒテル演奏が流れ始めます・・・
そんな状況の中、ふと脳裏に思い浮かんできたのは、昨日読んだ本「意身伝心」の田中泯の言葉、
私は「時代」に生まれてきたんだろうか、
「私」として生まれてきたんだろうか。
時代がこうだから私はこうなった、
と言うのは、
時代論や世代論のワナにはまることで、
それは絶対に言いたくない。
そろそろ何か新たな覚悟をすべきと、想いは遥か高くに舞い上がるのですが、いずこへ向かうかはわからぬままです 、あの2014年当時から・・・
最後に
富士フィルムフォトサロン福岡の広報用HPへ個展情報の掲載があり、自分で文を作り、画像も取り込むことができました。
その時の原稿が以下で、創作の際にはこんな風なことも想いながら作っています、
鏡のように光る水面を眺めると、
その暗い水底に落ちてゆく感覚になり、
文字にならない詩が読まれ、
音符のない音楽が聞こえてくるような、
そんな幻覚がしばし訪れます。
そのような「詩と音楽」を、
デジカメの「画像」を使って表現したいと
想いながら創りました。