BGM | #青ブラ文学部
窓口にやってくるお客様はご年配の方が多い。
クレジットカードも持たないし、ましてやスマホもパソコンも持たないのでインターネットバンキングもできるはずもない。
ATM操作を教えてあげても、なかなか覚えてもらえない方もいて、銀行員の悩みのひとつだ。
ヤガワさんは腰も少し曲がっていて目が悪く白杖で生活している。必ず窓口で現金払い出し、振り込みを行う。ご家族にはできるだけ迷惑かけないように、自分でなんでもやっているという。
「この銀行のBGMはずっとオルゴールね」
ある日、ヤガワさんが言った。
『白鳥の湖』が流れている時だった。
「そうですね。オルゴール曲です」
「昔バレエを習っていましたが、バレリーナにはなれませんでした。銀行員になりました」
自虐的につい余計なことをしゃべってしまったと後悔したが、ヤガワさんはにこにこ頷きながら、私のつまらない話を聞いてくれた。
◈
そういえば、ヤガワさんがお見えにならなくなってずいぶん月日が経つが、何かあったのだろうか…いつも来てくださるお客様が窓口に顔を出さなくなると、色々と悪い想像をしてしまう。お客様は何百人といるのだから、いちいち気にしないようにはしていたのだが、ヤガワさんのことだけは気になって仕方なかった。
「あの… クボさんをお願いします」
「私がクボですが…」
「私、ヤガワ ヨシエの娘です」
◈
「母は先月、他界しました」
「これをクボさんへ…とメモが残っていたもので、ご迷惑でなければ受け取っていただけないでしょうか」
支店長も窓口に出てきて、ヤガワさんの娘さんにお悔やみの言葉を述べ、その品物を受け取ってもいいと許可をもらった。
包み紙を剥がし、箱を開けると、それは小さなオルゴールで、ゼンマイを回すと『白鳥の湖』が流れた。
飾りのバレリーナがくるくる回っている。
銀行テラーの仕事がつまらないと、友人に会う度に愚痴をこぼしている自分が脳裏に浮かんだ。
恥ずかしい…
ヤガワさんの顔が浮かび涙がこぼれた。
「大事にします。仕事がんばります」
きっとヤガワさんは、不満を持ちながら仕事をしている私に気がついたんだ。
恥ずかしい…
◈
私は辞めようと考えていた仕事をずっと続けている。
たまにオルゴールのゼンマイを巻き、ヤガワさんの笑顔を思い出していた。
この春、私は管理職に昇進した。
(おわり)
青ブラ文学部の企画に参加しました。
山根あきらさん
いつもありがとうございます。