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なぜハイクオリティな岩波文庫版『坊っちゃん』を、安易におすすめできないのか

 数ある『坊っちゃん』の中でも、岩波文庫から出版されている『坊っちゃん』は、『坊っちゃん』を勉強する人にとって必携の一冊だと言えます。
 しかしながら、読書感想文を書くつもりの小中学生や単に漱石の『坊っちゃん』を読んでみたいという人には読みづらく、解説が難解であるため、安易におすすめできない面もあります。
 今回は、解説者の気迫さえ感じられるほどのクオリティーの高い一冊に仕上がっていながら、安易に――とりわけ、ネットショップで購入することに関しては――おすすめできない岩波文庫版の『坊っちゃん』を紹介したいと思います。



表紙です

いいところその1. 新潮文庫よりもさらに携帯しやすいページ数


 総ページ数174枚の岩波文庫版は、総ページ数234枚の新潮文庫版よりもさらに薄い仕上がりとなっています。カバンに入れてももはや重さを感じられず、かさばらないことから、いつでもどこでも読書を楽しむことができます。これは『坊っちゃん』マニアにとって、非常にありがたいことですね!

いいところその2. 気迫さえ感じられる平岡敏夫氏の注釈


 注釈の数は194と、新潮文庫の246よりも若干少なめではあるものの、解説と同じく平岡敏夫氏が書いているという点は、注目に値すべきことだと思います。
 平岡氏は『坊っちゃん』論においても著名な研究者で、現在においても『坊っちゃん』を研究するにあたって無視することのできない人物であります。そんな本書の注釈には平岡氏の研究成果的な解釈も盛り込まれていて、そういう意味では岩波文庫版は唯一無二の『坊っちゃん』であり、これから先も出版されつづけて欲しいと思います。

よくないところその1. 文字が小さすぎる


 文字が小さいと評した新潮文庫版よりもさらにページ数が少ないということで、相当読みづらい文字サイズとなっています。『坊っちゃん』を読み慣れている私でさえ、油断していると同じ行を二度読みしていることがありました。

 一番文字の詰まっているページは、このようになっています。

だいぶみっちりです

よくないところその2. 注釈が読みづらい


 平岡敏夫氏の研究者としての気迫さえ感じられる注釈ですが、これが残念なことにページ番号と行数、言葉の意味しか書かれていないため、非常に読みづらいものとなっています。新潮文庫の方は最初に言葉が書かれているため、本文を読み終えた後もちょっとした辞書替わりに目を通すことができるのですが、岩波文庫に関しては行きつ戻りつを繰り返して言葉を確認しなければなりません。194も注釈があるということは、きっちり目を通すとなると194回も本文と巻末を往復する必要があるということになります。

 文字も小さいですし、これは結構大変な作業です。


頭に単語の意味が載っていると、だいぶ便利なんですけれど……

平岡敏夫氏の解説に関して


 肝心の『坊っちゃん』の解説は15ページと、他の出版社から発行されている『坊っちゃん』と比べてもトップクラスのボリュームを誇っています。そのうえ4つの章に分けられていて、こうした行き届いたところにも平岡氏の研究者としての熱意が感じられます。

 わずか4ページほどしかない新潮文庫の江藤淳氏よりも、平岡氏の方が詳しく書かれています。とりわけ、『坊っちゃん』を語る際にしばしば話題に上る「佐幕対新政府」の構図を理解するにあたっては、平岡氏の解説が最もわかりやすいかと思います。
 ただ、氏の語る「悲劇性」については難解な点もあり、小中学生が要約して読書感想文を書くのは難しいかもしれません。

 個人的には、『坊っちゃん』という物語の悲劇性よりも、前半に書かれている清の死亡時期の計算の方が興味深かったです。清の病状や『坊っちゃん』が出版された年から考えると、清はおそらく坊っちゃんが帰ってきた4か月後に亡くなったのだろうというわけですね。

 そしてこれはほとんどの解説や研究論文で触れられないことなのですが、平岡氏の仮定が正しいとすると、坊っちゃんは当初、翌年の夏(つまり1年後)まで東京には帰らないと手紙に書いていたわけですから、赤シャツを殴って1か月で退職しなかった場合、清とは二度と会えなかったことになります。

 その場合は、おそらくは清の甥からの手紙で片割れの死を知ることになるのでしょうが、果たしてそれは坊っちゃんにとって幸福と言えるでしょうか?

結論. 『坊っちゃん』を研究する人には必携であるが……。


 結論としては、『坊っちゃん』を研究する人には必携の一冊だと思います。平岡敏夫氏は『坊っちゃん』論を語る上で欠かすことのできない人物ですし、そんな方が注釈まで書かれているのですから、卒業論文を書く大学生は岩波文庫版の『坊っちゃん』を買わないわけにはいかないでしょう。

 ただ、『坊っちゃん』の読書感想文を書くつもりの小中学生には平岡氏の解説は難解な部分もあるため、あまりおすすめできません。
 また、大人の方であっても、本を読むという行為が苦手な方や、最近視力が落ちてきているという方も、新潮文庫以上に細かい字は読みにくく目が疲れるため、おすすめできません。

 岩波文庫の『坊っちゃん』を購入するにあたっては、「Ama〇on」などのネットショップを利用せず、実際に書店に足を運んで目を通してから検討する方が賢明でしょう。

 以上で岩波文庫の『坊っちゃん』のレビューは終わります。
 
 この調子で、残り20冊の『坊っちゃん』のレビューをしていけたらと思います。


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