Tom

変わり映えのしない毎日に、ほんの少しの面白さを求めて、今日も本を読んだり、映画を観たり...

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最近の記事

【読書感想文(7)】柏葉幸子『霧のむこうのふしぎな町』(1975年)

おそらく主人公リナと同年代の子ども向けに書かれた児童文学なので、大人が読むと、若干生温かい気持ちになってしまう部分もあるが、それはそれとして素敵な小説であることは間違いない。 まず良いなと思ったのは、めちゃくちゃ通りへ行く方法についてだ。ファンタジーにとっては、物語の本筋とは別に、いかにして異世界への扉が開かれるかがとても重要になる。例えば『ハリー・ポッター』シリーズが「9と4分の3番線」という不思議な空間に突進することでホグワーツ魔法学校へ行くことができるように、まだ見ぬ

    • 【読書感想文(6)】デイヴィッド・エディングス『ベルガリアード物語①予言の守護者』

      デイヴィッド・エディングスとその妻リーの共著による本シリーズは、僕にとって数あるファンタジー小説の中で最も好きな作品の一つだ。個人的な話で申し訳ないが、大学時代に通学電車の中でシリーズを通読した思い出は、今思い返しても幸福な時間だったと思う。 さて、まず本シリーズの特徴を言うと、複数の神々が各自特定の民族を選んで加護を与える多神教的世界観を背景にしており、まぁファンタジー小説では結構よくある設定だとは思うのだが、興味深いのは神々が至高の存在ではなく、その上位に自由意思を有

      • 【日曜美術館(4)】だるまさんの魔法 絵本作家かがくいひろし

        子を持つ親ならば、誰でも一度は目にしたことのある絵本『だるまさん』シリーズ。僕も1歳半の娘がいるので、絵本の読み聞かせ会などで見たことはあったものの、一体どういう人が描いたのかまでは全く知らなかった。 作者の名前は、かがくいひろし。珍しい名字ながら本名で、漢字だと「加岳井広」と書く。2005年に50歳で絵本作家としてデビューした直後から爆発的な人気を博したものの、54歳で膵臓がんにより惜しまれつつ逝去されたとのこと。つまり絵本作家としての活動期間は、わずか4年に過ぎないとい

        • 【日曜美術館(3)】時代の顔をつくる~建築家 丹下健三が生きた道~

          20世紀の日本人建築家を代表する「世界のタンゲ」こと丹下健三に焦点を当てた放送回で、僕は恥ずかしながら『広島平和記念資料館』くらいしか作品を見たことがなかったので、特に『資料館』を中心に感想を書きたい。 その『広島平和記念資料館』だが、丹下建築の最大の特徴ともいえる「軸線」が強く意識されているという。軸線とは、即ち「資料館」と「原爆死没者慰霊碑」そして「原爆ドーム」が直線上に並ぶよう設計されている、その線のことである。 僕個人の体験を話そう。大学の友人が広島市の出身だった

        • 【読書感想文(7)】柏葉幸子『霧のむこうのふしぎな町』(1975年)

        • 【読書感想文(6)】デイヴィッド・エディングス『ベルガリアード物語①予言の守護者』

        • 【日曜美術館(4)】だるまさんの魔法 絵本作家かがくいひろし

        • 【日曜美術館(3)】時代の顔をつくる~建築家 丹下健三が生きた道~

          【日曜美術館(2)】アニマルアイズ〜写真家・宮崎学〜

          (注:カバー写真はイメージです) 独創的な動物写真を撮り続ける写真家・宮崎学に焦点を当てた放送回で、ずっと前に録画していたものをようやく鑑賞。 まず、勝手ながら僕の中にあった動物写真のイメージは、雑誌「ナショナルジオグラフィック」に掲載されているような、安全な場所から超望遠レンズで連写して撮ったようなものだったので「そんなの高価な機材と根気さえあれば誰でも撮れるじゃん」くらいにしか思っていなかった。 しかし、宮崎学は違う。まず彼は、自然界の生態系に熟知している。作中では

          【日曜美術館(2)】アニマルアイズ〜写真家・宮崎学〜

          【読書感想文(5)】夏目漱石『坊っちゃん』

          誰もが知る文豪・夏目漱石による本作、大昔に角川文庫版を購入して家にあったが、ただ今絶賛独りで「岩波文庫チャレンジ中」なので、改めて岩波文庫版を購入し直して読了。 まず感心したのは、「坊っちゃん」という呼び名に込められたダブル・ミーニングだ。一つは下女の清が親しみを込めて主人公を呼ぶ際の「坊っちゃん」、もう一つは敵役・教頭の赤シャツと美術教師の野だいこが主人公の少年の如き無鉄砲を揶揄して呼ぶ際の「坊っちゃん」。 そう、「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりして居る」坊っちゃ

          【読書感想文(5)】夏目漱石『坊っちゃん』

          【日曜美術館(1)】陶の山 辻村史朗

          奈良県の山奥で茶碗を作り続ける陶芸家・辻村史朗に焦点を当てた放送回で、なんとなく録画して観てみたら凄く面白かったので、これから日曜美術館シリーズも定期更新していきたい。 まず、辻村氏の面白いところは、自分の作った茶碗を山中の至る所に野晒しで置いていることだ。物によっては数十年前の茶碗もあり、土に埋もれたり表面に苔が生えたりしているが、驚くべきことに本人はどこに何を置いたのか正確に記憶している。 その行動の理由は明らかにされなかったが、当然ながら彼が茶碗を売ることに執着して

          【日曜美術館(1)】陶の山 辻村史朗

          【読書感想文(4)】ヘシオドス『神統記』

          古代ギリシアの吟遊詩人ヘシオドスによる本作は、ギリシア神話の神々の系譜を謳ったもので、物語自体も然ることながら、特に訳者の広川洋一氏による解説が面白い。 広川氏が言うには、本作は無論、全てヘシオドスの創作というわけではなく、ギリシア各地の伝承をヘシオドス流にまとめたものであるが、そのうち全知全能の神ゼウスの威光を少しでも陰らせる説話には意図的に改変を加えているという。 つまり、ヘシオドスにとっては、散在するギリシア神話の物語を系統化する目的のほかに、というよりむしろそれに

          【読書感想文(4)】ヘシオドス『神統記』

          【読書感想文(3)】ヘーシオドス『仕事と日』

          古代ギリシアの吟遊詩人ヘーシオドス(以下、ヘシオドス)による本作は、怠惰な弟に労働の意義や農耕・航海の正しいやり方、人生訓などを説く教訓叙事詩である。 どちらかと言えば、現代の「啓発本」や「ハウツー本」に近く、誤解を恐れずに言うと「これも叙事詩なんだ」というのが正直な感想だ。 特に僕の場合、同時代に活躍したホメロスを先に読んでいたことから、「叙事詩=英雄叙事詩」という先入観が強かったことも大きい。 ともあれ、まずは本作のうち「啓発本」的な内容を列挙していきたい。自分への

          【読書感想文(3)】ヘーシオドス『仕事と日』

          【読書感想文(2)】ホメロス『オデュッセイア』

          古代ギリシアの吟遊詩人ホメロスの作とされる本作は、『イリアス』の後日譚として、トロイア戦争に勝利した智将オデュッセウスが故国イタケに帰還するまでの苦難に満ちた10年間を描いている。 まず驚いたのは、訳者の松平千秋氏も解説で指摘している通り、前作が英雄アキレウスの怒りを主軸とした直線的な物語構造であったのに対し、本作は物語の時空間が複雑に入り組んだ複線的な物語構造を形成していることで、素人目にも語りのテクニックの上達を感じる。 「えー、そんなの前作の反省を生かして作ってるん

          【読書感想文(2)】ホメロス『オデュッセイア』

          【読書感想文(1)】ホメロス『イリアス』

          トロイア戦争といえば、トロイの木馬。コンピュータウイルスの名称になったくらい有名なので、当然「クライマックスはこれやろ」と思って読み進めていたんだが、驚いたことにホメロス作の本叙事詩では「トロイの木馬」は1ミリも描かれない。なぜかと言うと、敵城に攻め入る前に物語が唐突に終わってしまうからだ。 その真相は謎に包まれている。実際はトロイア戦争の結末まできちんと謳っていたけれど、長い年月を経るうちに欠落してしまっただとか、作詩の途中でホメロスが死んでしまっただとか、あるいはホメロ

          【読書感想文(1)】ホメロス『イリアス』