【読書感想文(4)】ヘシオドス『神統記』
古代ギリシアの吟遊詩人ヘシオドスによる本作は、ギリシア神話の神々の系譜を謳ったもので、物語自体も然ることながら、特に訳者の広川洋一氏による解説が面白い。
広川氏が言うには、本作は無論、全てヘシオドスの創作というわけではなく、ギリシア各地の伝承をヘシオドス流にまとめたものであるが、そのうち全知全能の神ゼウスの威光を少しでも陰らせる説話には意図的に改変を加えているという。
つまり、ヘシオドスにとっては、散在するギリシア神話の物語を系統化する目的のほかに、というよりむしろそれによって主神ゼウスの正統性を説くことこそが、主たる創作テーマだったというわけだ。
僕は以前『仕事と日』の感想の中で、ヘシオドスの現実的な思考回路を指して「吟遊詩人というより哲学者のようだ」と書いたが、その『仕事と日』に関しても、「主神ゼウスが整序した世界に生きる人間は当然その秩序を重んじて労働に励まねばならない」という文脈で創作されたものだという。
ここまでゼウス信仰が徹底していると、もうギリシア神話というより「ゼウス教」と称した方が良いレベルだと思うが、そうするとむしろヘシオドスは宗教者に近いのかも知れない。
もう一つ面白いなと思ったのは、元々牧人のヘシオドスはある時、ヘリコン山の麓で詩の神ムーサに霊感を授けられ、吟遊詩人の道を歩み出したとのことだが、おそらく引き続き農業にも従事していただろうとのこと。
なるほど、『仕事と日』の中であれほど農耕の意義を説いているのだから、当然自分も従事していなければ、「どの口が言うねん」という話である。
今でいうところの「半農半X」的なライフスタイルなわけだが、すると農繁期は農業に勤しみ、農閑期に吟遊詩人として近隣の村々を廻って自作の詩を披露していたんだろうか。
同じ時代の吟遊詩人でもホメロスの場合は、出身地も曖昧ならば、そもそもその存在自体が疑問視されてもいたので、どこか伝説めいたイメージがあるが、ヘシオドスの場合はわりとその辺がはっきりしていて、身も蓋もない言い方をすれば「卓越した詩のセンスを持ったゼウス信仰の篤い農家のオッチャン」だったのではなかろうか。
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